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公益社団法人日本認知症グループホーム協会(東京都新宿区)の副会長など業界の要職を務める佐々木薫氏。地元の仙台市を中心に、認知症ケアのネットワークづくりなどに取り組むほか、2011年の東日本大震災による被災をきっかけに地域の防災体制づくりにも力を注いでいる。被災から得た教訓について話を聞いた。

──震災当時の様子とそこから得た教訓とは。
佐々木 当施設群では、震災前から近隣4町内会と防災協定を締結していた。地域住民と日頃から交流を行い、緊急時には手を貸してもらえるよう連絡役「駆け付け隊」、施設からの避難を手伝う「おんぶ隊」認知症者の支援を行う「見守り隊」など有事の際の役割を決めていた。しかし実際の震災下では、地域住民を受け入れる側に回った。避難してきた住民は被災当日から約1週間で延べ185人ほど。職員も含め通常の約3倍の人数が施設の中で生活することになった経験から、飲料水や食料の備蓄は2~3倍にするようにした。

被害の甚大な南三陸町など沿岸部からの被災者も延べ687人を受け入れ、当法人のユニットケア施設群で長い人では9ヵ月ほど被災者らと共に生活した。当初はライフラインがストップして入浴や食事もままならなかった。ガソリンなども不足していたが町内会長や近隣住民が「助けてくれたお礼に」と、食料の差し入れや薪・廃材などを集めてきてくれ、野外で調理するなどして何とか生活を継続することができた。

また、加入している種別協団体や日本福祉大学を通じて提携している福祉法人からのボランティアの派遣や交流している全国のネットワークからの支援などもあり日頃からの連携の重要性を実感した。

──運営施設での体制の変化について。
佐々木 津波や大規模災害の事を考え、機械設備や物資の備蓄を新たに用意した。
また、法人内に災害対策ネットワーク委員会を編成し、施設のトップの役割を明らかにして指示命令系統などを示したほかBCPを作成している。

職員の意識付けの問題も大きい。実際に被災者を受け入れた時は、入居者の都合を優先する者、被災者を中心に考える者、あるいは混乱して何も考えられない者と、一人ひとりの考えがバラバラだった。現在、意識の統一を目指して東日本大震災の災害DVDを活用した研修会等を通じて人材育成にも力を入れている。

──各地域には災害時にどのような課題があるか。
佐々木 私は、全国社会福祉施設経営者協議会、全国認知症介護指導者ネットワーク、日本認知症グループホーム協会、各県政令市の老人福祉施設協議会等の災害対策本部長や介護ボランティアの派遣コーディネーターなど複数の組織に関わっていた。このおかげで職種・団体に捉われずに物資や人材、資金の采配が円滑にできた。

しかし地域によって、こうした体制の構築は不十分に思える。個人ではなく行政や社会福祉協議会などの公的な機関が中心となり、種別協団体や専門職団体、民間団体を統合した相互支援体制の構築が望まれる。また、現地の司令塔役となる「コーディネーター」の配置が必要だ。

宮城県でも、当時の経験を踏まえ、災害福祉広域支援ネットワークを設置して、災害派遣福祉チームの体制づくりを進めているところだ。
大災害時の相互支援にはスピードとタイミング、ニーズのマッチングが重要だ。

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