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<連載第20回 有料老人ホームの歴史>

 

「有料老人ホーム」登場の背景には、「生活保護法」における「養老施設」の基準がありました。生活保護対象外の自由契約者が、同法に規定する居住水準の低さに不満を感じていたのです。

 

 

生活保護法は、国民に「その最低限度の生活を保障する」(第1条)もので、「養老施設」の設備及び運営の基準もその時代における最低限のものでした。当時から自由契約者にとって「8畳の居室に4人を入居させる」、プライバシーのない生活は堪えがたく、多少の金銭負担が増えても個室を望んでいました。

 

 

 

生活保護対象者への「生活扶助費」の現金給付は、物価上昇など経済成長に伴うインフレにあわせて年々上昇。同じ生活保護法の養老施設においても食費など生活費は年々改善されましたが、施設設備、すなわち居住空間はほとんど改善がなされませんでした。

 

 

 

このような状況下、戦後間もなく民間の「有料老人ホーム」が登場しました。今日では、その第1号の特定は容易ではないですが、社団法人健康科学研究所が1948(昭和23)年に兵庫県明石市に設立した「日本綜合老人ホーム」が第1号と言われています。その後、厚生省社会局施設課の調査では、57(昭和32)年の有料老人ホーム数は23ヵ所となっています(表参照)。

 

61(昭和36)年度に厚生省社会局長通知「軽費老人ホームの設置及び運営について」が施行。「社会福祉法人」が「自由契約」の「有料老人ホーム」を設置経営する際、国庫補助の対象事業となりました。

 

 

この軽費老人ホームは、生活保護法の「養老施設」の基準に準じるものの、「床の間、押入れ等を除いた1人当たり有効面積」は、養老施設が「おおむね1坪以上でなければならないこと」に対し、「軽費老人ホーム」は「1・5坪以上」と定められました。そして、居室は「原則として、1人1室」とされ、実際に1室3畳(1.5坪)の「官製」有料老人ホームが出現したのです。

 

 

コミュニティネット 代表取締役 須藤康夫氏

 

 

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