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それは突然だった。3月中旬、風邪症状と発熱で始まった。最初は自宅隔離で4日ほど過ごした。5日目に外来受診したが胸部レントゲンも問題なかったので、やはり自宅隔離で様子を見ようということになった。家では個室で食事も家人とは別々にしていた。やはり熱発が続くので、再度、発症から9日後に外来を再受診すると胸部レントゲンとCTで肺炎像、急遽入院、PCR検査でも陽性で新型コロナ肺炎が確定した。

 

 

 

入院してからも39度台の熱発が続いた。経鼻の酸素カニューレと、抗菌剤とステロイド吸入薬、指先にパルスオキシメーターを着けて床上安静が続いた。呼吸困難はないのだが、熱発のため意識はもうろう、食欲も全くなく新型コロナ肺炎の強烈さを身を持って体験した。

 

 

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病室で熱に浮かされながら、頭の中を駆け巡ったのが、「肺炎は老人の友である」というフレーズだ。この言葉はカナダ生まれの医学教育者で米国で活躍したウィリアム・オスラー(1849年~1919)の言葉だ。オスラーによれば「肺炎は高齢者の友である。この急性に進行し、苦しむことのない病気によって、(高齢者は)苦痛から逃れられる」と言う。

 

 

 

熱に浮かされながら、まさにその通りだと思った。「確かにこのまま肺炎が進行しても、死ぬのはまるで怖くもないし苦痛でもない」と思った。理由の1つは二酸化炭素ナルコーシスだ。肺炎で肺の酸素と二酸化炭素のガス交換機能が低下する。

 

すると二酸化炭素が血中に増えてくる。この二酸化炭素には麻酔作用があって、夢見心地の気分をもたらしてくれるのだ。「肺炎は老人の友」と言うのは神様が最後に準備してくれた「二酸化炭素ナルコーシス」というプレゼントのことだと思った。

私の場合は入院7日目に突然、解熱が始まり、急速に快方に向かった。

 

 

 

 

さて新型コロナ肺炎は8割は軽症で収まる。2割が私の場合のように中等症の肺炎で入院となる。さらにその一部が重症化し、人工呼吸器管理になったり不幸にして亡くなったりする。入院中に私より1歳若い志村けんさんが新型コロナ肺炎でお亡くなりになったのを病室のテレビで知ったときは身につまされた。

 

 

さて私の場合は新型コロナ肺炎から幸運にも快復した。酸素の経鼻カニューレから解放され、指先のパルスオキシメーターも外れて、久しぶりに病室の熱いシャワーを浴びたときは、生きていることを実感した。そして熱にうなされて「肺炎は老人の友」と思ったことをつくづく反省した。新型コロナ肺炎とだけは二度と友達になりたくないと思った。

 

最後に、入院していた病院の感染症病棟のスタッフの皆さんに、心から感謝します。

 

 

 

 

国際医療福祉大学大学院教授  武藤正樹氏

1974年新潟大学医学部卒業、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中86~88年までニューヨーク州立大学家庭医療学科に留学。94年国立医療・病院管理研究所医療政策部長。95年国立長野病院副院長。2006年より国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉大学大学院教授、国際医療福祉総合研究所長。政府委員等 医療計画見直し等検討会座長(厚労省)、介護サービス質の評価のあり方に係わる検討委員会委員長(厚労省)、「どこでもMY病院」レセプト活用分科会座長(内閣府)、中医協調査専門組織・入院医療等の調査・評価分科会座長

 

 

 

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