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<連載>あすの介護に 佐和子の ハートふるヒント

連載第28回 「最期」に思う

「寂しい最期でなかったと願う」ただそれだけです。
この連載の第21回で紹介した県外の施設へ入所なさった利用者さんが亡くなっていました。この3年間は気にはなるものの思うように会いに行けず、元気に過ごしている様子を確認するにとどまっていました。最後に会ったときには私を直視できず、常に不安な表情で動き回り認知症の症状が進んでいました。

 

 

この方は前にも触れましたが、母親の仕事を手伝いその母親を見送ったあとは、身寄りなくお一人住まいをされていました。お一人での生活が長かったこともあり、人に迷惑を掛けないよう自立心もあり、デイサービスにも散歩がてら歩いてお越しになる方でした。

 

 

認知症の症状から買い物に行って帰れなくなるといったことが続き、認知症対応の他県の施設へ入所しました。しばらく経って症状が進みその施設では対応できないということで、隣町の事業者へ移りました。そもそも認知症対応の施設へ入所なさったはずなのに…。認知症の症状が悪化したことで、別の施設へ移ればどうでしょうか。健康な人でも環境に適応するまでは不安が伴います。ましてや認知症の方であれば、正常な適応力が無いわけで悪化するのは必然だと思います。

 

 

 

この春に移った先の隣町の事業者に連絡すると、「こちらにはもうおりません。どちらに行かれたかも分かりません。役所に連絡して下さい」と言われました。役所に問い合わせしますと、「担当が変わりましたのでわかりません」となしのつぶてでした。「前任者に確認してもらえますか」とお願いすると、「前任者の話では亡くなったそうです。亡くなった日にちは言えません」という返答でした。私自身が電話ではどこの誰かも分からないため、この対応は仕方ないなのか…。身寄りのない方でしたが、せめて命日を知り、想いを馳せることぐらいしてもいけないものか…。この一連のシステムに疑問を感じずにはいられませんでした。

 

 

 

利用者さんとの時間の中で私が大切にしているマザーテレサの言葉があります。「たとえ人生の99%が不幸だとしても最後の1%が幸せならばその人の人生は幸せなものに変わる」
私はこの方の笑顔を忘れない。幸せな最期であったと心から願います。

 

 

 

女優・介護士 北原佐和子氏

1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経
験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」

 

 

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