全老健「リスクマネジャー」2300人取得

 

2013年に長野県安曇野市の特別養護老人ホームで出されたおやつをめぐって当番だった准看護師が業務上過失致死罪に問われた、いわゆる「ドーナツ裁判」問題。第2審の東京高等裁判所で7月28日に無罪判決が出て確定したが、この間、介護業界には大きな影響を与え、介護事故に伴うリスクの深刻さとマネジメントの必要性が問い直される転機になった。

 

 

 

1547人──これは全国の特別養護老人ホームと介護老人保健施設で17年度の1年間に事故で死亡した入所者数だ。厚生労働省は19年3月、介護施設での事故件数について初めて実態調査を行った。転倒・転落、誤嚥、感染症など不可抗力による「介護事故」は、現場にとって避けては通れない問題だが、いかに未然に防ぎ、万一の発生時に最悪の事態をどのように避けるか。介護事業者にとってリスクマネジメントは大きな課題だ。

 

 

ドーナツ裁判で争われた事故の当日は、准看護師を含む2人の職員で17人の入所者を介助していたという。遺族と施設の間では示談が成立していたにもかかわらず、検察が強行に起訴し、刑事責任が問われた。この事件を機に「介護は大変な仕事」というイメージがさらに強くなったとの見方もある。

今回の裁判は無罪という結果になったが、こうした介護現場における事故防止やリスク管理が改めて問われている。ただ、各事業所では事故につながりそうな「ヒヤリハット」事例の共有、防火や防災といったシングルイシューへの対応が中心なのが実状だ。

 

 

業界として注目されるのは、公益社団法人全国老人保健施設協会(東京都港区、全老健)の取り組み。介護老人保健施設における様々なリスクに対処するため、独自の認定資格「リスクマネジャー」を07年に創設。全国の老健施設への普及を進めている。

 

 

リスクマネジャーは、転倒・転落による事故、施設内感染、自然災害による被害などを未然に防ぐことや、問題発生後の事後対応で、施設において中心的な役割を担う能力の養成を目指す。20年8月末時点で老健職員を中心に約2300名が資格を取得。管理職のリーダークラスの人が多く受講しているという。3日間で年2回、約33時間のカリキュラムを受講後、試験を受ける。資格の更新は5年ごとだ。

 

 

老健や介護施設を取り巻く広い意味での「介護事故」は、色々な場面にリスクが潜んでいる。個人情報保護、職員の処遇や心身の健康、職員間トラブル、地域との連携ミス、虐待、家族とのトラブルなど、枚挙にいとまがない。全老健の東憲太郎会長は「リスクを包括的に把握し、事後対応だけでなく、事前リスクも視野に入れて現場の中心になる、リスクマネジメントを行う人材の養成が大切。当協会としても全法人にリスクマネジャーがいることが目標だ」と語る。

 

 

東会長は委員を務める社会保障審議会介護給付費分科会に対し、8月27日の会合でリスクマネジャー制度の概要とともに、介護報酬制度におけるリスク管理評価の必要性を指摘した。医療と同様、介護も生命に関わることが職務。公的制度による評価や職員保護の仕組みが必要だ。

 

 

「ドーナツ裁判は重要な判例」

逆転無罪という結末を迎えた「ドーナツ裁判」。「それは当然だ」という現場からの声も多いが、業界団体のトップの立場からは、この裁判はどのように映ったのか。公益社団法人全国老人保健施設協会東憲太郎会長の受け止めと、それらの訴訟リスクに対するリスクマネジャーが持つ意味について聞いた。

公益社団法人全国老人保健施設協会東憲太郎会長

 

──いわゆる「ドーナツ裁判」の評価は。

 画期的な判決であったと思う。
介護施設において、転倒、転落、誤嚥などに起因する訴訟は後を絶たない。しかも、95%以上のケースにおいて施設側が敗訴という結果を迎えている現状で、この無罪判決は重要な意味を持つ判例となった。

──そのような訴訟に対して、協会としての対応は。
 2年前、東京地裁の立川支部より、そのような訴訟が頻発する要因についてレクチャーして欲しいと依頼があった。入居者のほとんどは認知症で危険の認知が難しいこと、リハビリには常にリスクが付きまとうことなど介護施設の実状を訴えた。
この時、ライブ中継で立川以外の場所でも参加できるようになっていたため、多くの判事から反響があったと聞いている。
そして今回、2審で逆転無罪判決となった。我々としても大きな意味のある結果であったと思う。
──リスクマネジャーにより、このような訴訟リスクのある事故は防げるのか。
 今回のドーナツ裁判とは直接紐づけはできない。しかし、施設のリスクについて横断的に管理するリスクマネジャーの立場から、「嚥下機能の評価、食形態は適切だが、それでもリスクはゼロにできない」といった、利用者及び家族への入所前の説明や、事故発生時の適切な対応により、現在頻発しているような色々な訴訟を、未然に防げる可能性はある。
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