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ニッポン的養生ノススメ

 昨今の新型コロナ禍を受け、「衛生・公衆衛生」や「養生」といった概念が改めて注目されている。茨城大学教育学部の瀧澤利行教授によれば、「衛生とは故丸山博大阪大学名誉教授が定義したように『生命』『生活』『生産』という3つの生を守ることであり、これを実現していくための方法論が養生」なのだという。単なる〝健康の実践〞を超えた「精神的修養や人間形成のあり方を示す思想」である養生の歴史的変遷と意味について、伺った。

 

茨城大学教育学部 医学博士・教育学博士 瀧澤利行氏

 

 

―――養生思想とは、どのようなものなのでしょう。

古代より中国には、神仙思想や道教を信奉し、自らを世間から遠ざけ自然と一体化して悠々自適に暮らすことを目指す人たちが実践していた「養生法(ようせいほう)」がありました。
それが、東洋医学の基本的な考えに沿って、できるだけ長く充実した生涯を送るために日常生活で可能な範囲で自分の健康に留意しましょう、という教えに発展したのが養生です。
これが8〜9世紀に日本に伝わって以来、国内でも養生論が書かれるようになり、17世紀後半から18世紀初頭、幕藩体制が安定する元禄文化の時代にピークを迎えます。貝原益軒の『養生訓』が世に出たのもこの頃(1713年)です。

 

 

 

――― 養生のポイントとして、具体的にどのようなことが挙げられていますか?

腹八分目とか、よく動きなさい、といった、今でいう生活習慣病の予防のようなものに加え、あまりしゃべり過ぎるな、熱い風呂に入るな、といったものもあります。そうすることで「気」が抜けるというんです。元来、天から人に授けられた命を保つ源が「元気」であるとされてきました。
貝原益軒が生きた江戸初期から中期くらいまでは、この元気を損じないよう、生産的・禁欲的であることが推奨されたのです。

 

 

禁欲から〝ほどよく〞へ

ところが面白いことに、19世紀に入ると今度は禁欲に代わって〝ほどよく〞節制するといった概念が生まれます。近世文化の爛熟期といわれる文化・文政・天保期は、農業の生産力が高まり商品経済も盛んになって、江戸にモノが溢れるようになった時代です。蕎麦や天ぷら、鰻、お寿司などの和食もこの頃に確立されました。こうして物質文化がある程度豊かになってくると、養生論も〝まぁいいんじゃん〞みたいな傾向になっていくんですね(笑)。

 

ある程度の医学的知識を持った「素人」が自らの経験を交えて書いた養生論も多いという

 

たとえば鈴木朖という人は、『養生要論』(1834年)の中で次のような意味のことを書いています。
「多く喋ることを毒とし、多く発汗することを毒とし、風呂に多くつかるのを毒とするなどは皆医者の愚かな言である。楽しむには歌があり、哀しいときには泣くことがあるのはすべて声を出して鬱を散らす方法である」。
欲望の抑制から欲望の肯定と解放へ、体制的文化から庶民的な健康文化としての養生へと変化していったんです。

 

 

 

―――日本人ならではの養生観はありますか?

仏教の影響を色濃く受けた日本では、養生観も、無病長生・不老不死を目指した中国のそれとは異なり、「この世」にこだわって長生きをするよりも、今の世の中を充実して生きようという発想へと次第に変わっていきました。

 

「天寿を全うした」と聞くと長生きをしたという印象がありますが、本来「天寿」とは天から授けられた命を無駄にせず100%使い切る、ということであって、長く生きることではないんです。時間的な長さではなく質的な豊かさを求めるところに、日本人の養生観の特徴があります。
また、江戸後期になると、身体のことだけに限らず人間関係も養生の教えに含まれるようになっていきます。人と諍いを起こしたり人に物を貸し渋ったりすることも養生にそぐわないとされ、養生論が生活の知恵、生き方全般にわたる指針となっていくんですね。

 

 

 

―――よく言えば協調性があるが、逆に言えば個がない、と揶揄される日本人の国民性にも通じるような気がします。

ほぼ自給自足の農耕社会の中で培われた発想が、日本人の生活思想としてあるのかもしれません。「結」と言いますが、自分の畑を耕したり収穫したりする際には、人の手を借りなければならないわけです。そういう意味で、隣人と協力し、互いに心の波風を立てないように暮らす工夫が必要だったのではないでしょうか。

 

 

 

トランプ大統領に象徴されるように、西洋人の発想には、おそらく狩猟民族というルーツとも関係するのでしょうが、強くパワフルであることが基本的価値観としてあるように思います。対して日本人は、個々人の強さよりも、他者と仲良くし、周りに迷惑をかけず静かにきちんと日常の暮らしを営むことに重きを置いてきたように見えます。
こうした行動様式が、健康維持の仕方にも影響しているんじゃないですかね。
日本で新型コロナ感染防止に向けた自粛が共通認識となりやすいのは、やはり自制的な生活に〝美学〞を見るといった感覚が日本人の中に備わっているからかもしれません。

 

 

一人勝ちは狙わない

実は欧米でも、「声高に自分の主張をして〝1人勝ち〞を狙うのでなく、みんなで足並みを揃え協調していくことが心の豊かさに繋がる」と考える生き方に共感する人は決して少なくないと思うんです。こういう日本人的な発想と行動様式は、まさしく「養生」そのものだな、という感じがするんですよね(12月2日号に続く)。

 

(聞き手・文 八木純子)

 

 

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