愛媛県松山市で診療所などを運営する医療法人ゆうの森。人口減少などにより廃止が予定されていた明浜町(現西予市)の診療所を2012年に譲受、地域医療の再生に乗り出した。同法人の事例を通じ、「へき地」の医療を絶やさない方法を考えていく。

医療法人ゆうの森 永井康徳理事長

 

 

 

年間3000万円赤字診療所譲受

 

愛媛県には、1999年まで70の市町村があったが、2003年の新居浜市と別子山村の合併を皮切りに再編が加速。現在、市町の数は20で村は消滅している。同法人が譲り受けた明浜町国民健康保険俵津診療所(以下・俵津診療所)は、そのような市町村統廃合の影響で10年に廃止が決定していた。

「過疎化や高齢化の影響などで、俵津診療所は年間3000万円の赤字経営となっていました」と、永井康徳理事長は語る。「赤字であっても住民の生活を支える重要な診療所です。俵津診療所のある明浜町が公的資金を投入することで維持されてきました」。

 

 

住民の請願受け決意、半年間で安定経営に

しかし、04年に明浜町含む5つの町が合併。西予市として新たなスタートを切ると、地区の住民のためだけに赤字の診療所を維持することへの風当たりは強くなり、廃止の決定へと至った。

「私は以前、俵津診療所に所長として赴任していましたが、廃止が決定したときは松山市でたんぽぽクリニックを経営していました。そこに明浜町の特産品のミカンがいっぱいに入った箱を抱えた住民が訪ねて来たのです」と永井理事長は俵津診療所の運営を引き受けたきっかけを振り返る。「その人から、『先生、診療所がなくなってしまう。何とかしてくんなはい!』と訴えを受け、私は決心しました。大学生の頃、無医師地区で研修を受けた体験もそれを後押ししました」。

 

「地域医療塾」を開催。次世代を担う人材の育成で地域の文化も学ぶ

 

 

 

曜日交代制導入、医師の負担軽減

永井理事長は俵津診療所を引き継ぐにあたり、

①医師の交代制の導入

②外来・訪問の両立

③薬局を誘致し併設する

——を実施したという。

 

①では、へき地の医療で特に課題となる医師の確保を、4人の医師が曜日ごとに交代で勤務する体制とすることで解消した。俵津診療所に出勤した医師は、その日の夜は診療所の隣の医師官舎に宿泊。そのまま夜間の緊急診療にも対応する。翌朝には、次の医師と交代し、松山市のたんぽぽクリニックに出勤する。「へき地に1人で勤務となると、その地域を一手に担う重責や、医師家族の子どもの教育といった問題が生じます。この方法であれば医師やその家族の負担が少なく済みます」

 

②では、住民の高齢化に伴うADL低下で来院が難しくなっていることに鑑み、訪問診療を開始した。地域唯一の診療所であるため外来の必要性も見込まれることから、午前中は外来、午後は訪問とした。

 

③では、赤字の要因になっていた従来の院内処方を、併設の薬局による院外処方とすることで、効率化を図った。これらにより、引継ぎから半年後には赤字を脱却。経営が安定した。

 

 

へき地で医療塾、人材育成を強化

「へき地の医療の問題として『医師が行きたがらない』と、よく言われますが実際は、『機会があれば行きたい』と思う若い医師も多くいます」と永井理事長は指摘する。へき地医療を守るためには、俵津診療所のように希望する医師が働ける体制づくりが重要になる。

 

 

実際に、厚生労働省が実施した「平成28年臨床研修修了者アンケート調査」では、医師不足地域で従事することに対し、58.4%が「条件が合えば従事したい」と回答している。

また、地域医療を担う次世代の人材を育成する取り組みとして、医療を志す学生を対象に、俵津診療所でサマーキャンプを行う「地域医療塾」を開始した。学生らは、訪問診療や訪問リハビリに同行し、地域医療を学ぶワークショップやトークセッション、地元の産業や文化を知るフィールドワークを体験する。

 

 

永井理事長は「私の場合、学生時代の研修の経験がへき地医療を志すきっかけとなりました。この取り組みから、へき地の医療を志す医師が生まれることを期待します」と意気込んだ。

 

 

 

スポンサーリンク

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう