「オンライン診療はかかりつけ医に限定する」との方針が田村厚労相から出され、「かかりつけ医」とは何かが改めて問われている。コロナ禍の臨時的措置として今春から始まった新型オンライン診療。通院時の感染不安を抱く患者のために、スマホなどで自宅受診できる仕組みだ。新たに初診も含め全面解禁にした。

 

 

規制改革とデジタル化推進を掲げる菅義偉政権の登場で、期間限定から恒久化へと転換し、慌ただしさが加速した。
だが、肝心のかかりつけ医について法的な定義や基準がないことが露見。「年1回の診察でもかかりつけ医なのか」「10年前に受診した場合は」など検討課題は山積み。「原則は対面診察」と日本医師会は反対姿勢を崩さない。

 

 

そもそも、規格外の用語はなぜ生まれたのか。実は30年以上前の大騒動に起因する。厚労省(当時の厚生省)は、健康管理を含む全人的な医療を手掛ける医師として「家庭医」の制度化を目論んだ。家庭医は英国やオランダ、豪州などで定着している一次医療制度の主役。内科だけでなく外科や精神科、皮膚科、産婦人科など歯科を除くあらゆる疾病を担い、GP(General Practitioner)と呼ばれる。

 

 

3年間の専門研修後に独立開業するが、最近では3~5人の医師で診療所を構える。病床を持たず、手術が必要な患者であれば二次医療の専門病院に送る。そこでも対応が難しいと大学病院などの三次医療で診る。
患者は登録した地域の診療所で必ず受診する。どの医療機関でも自由に受診できる日本独特のフリーアクセスはできない。英国やオランダでは患者の95%前後がGPで診療を終える。とても効率的なシステムと言えるだろう。

 

 

GP資格を取り、英国第5の都市リーズで診療所に勤務する日本人医師がいる。その澤憲明さんは「家族内トラブルの相談にも乗ります。(うつ病など)精神的な疾病につながっているかもしれませんから。治療だけでなく、常に患者の健康状態を把握するよう心がけています」と、予防や保健活動まで深く立ち入ると話す。

 

 

厚生省は、この家庭医制度を日本に持ち込もうとした。設立した「家庭医に関する懇談会」が1987年4月、「住民に身近な地域密着の家庭医を計画的に育成すべきだ」との報告書を2年がかりの議論の成果としてまとめた。
報告書で示された家庭医像は、(1)よくある病気やけがを初期治療(プライマリケア)し(2)健康相談・指導に応じ(3)患者の家庭環境を熟知して全人的に接し(4)いつでも連絡がとれる。

 

 

家庭医の育成のため大学教育の中にきちんと位置付け、研修でも多くの異なる診療科目を学ぶ、とも提言。併せて、国民にも大病院偏重の考え方を改め近所の診療所にかかるよう呼びかけた。
医療の大改革に乗り出そうという意気込みが感じられる画期的な報告書だった。

 

 

だが、日本医師会は「医療費抑制のための方便に過ぎない」「開業医の選別につながる」と強く反対し続ける。紆余曲折を経て遂に、家庭医の制度化は葬られてしまう。その抗争の中で、日本医師会が家庭医に対抗して提起したのが「かかりつけ医」であった。

 

 

海外と違い特別な基準や研修はなく、単なる行きつけの医師をかかりつけ医に仕立てた。力負けした厚労省内では、以来、家庭医という用語を捨て去り、かかりつけ医に相乗りしてしまう。介護保険で要介護認定に必要なのは「主治医意見書」とし、第3の用語を使ったのは医師会への当てつけかもしれない。

 

日本医師会はかかりつけ医を「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義している。

 

 

33年前の厚生省案と違うのは「患者との全人的対応」と「いつでも連絡がとれる」がない点だ。
この2点は、現在の訪問診療医たちが心掛けていること。かつての「幻の家庭医」の精神は在宅医に引き継がれており、オンライン診療を機に訪問診療制度の表舞台への格上げが王道だろう。

 

 

 

浅川 澄一 氏
ジャーナリスト 元日本経済新聞編集委員

1971年、慶応義塾大学経済学部卒業後に、日本経済新聞社に入社。流通企業、サービス産業、ファッションビジネスなどを担当。1987年11月に「日経トレンディ」を創刊、初代編集長。1998年から編集委員。主な著書に「あなたが始めるケア付き住宅―新制度を活用したニュー介護ビジネス」(雲母書房)、「これこそ欲しい介護サービス」(日本経済新聞社)などがある。

 

 

 

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