---連載② ニューヨークの死亡者、東京の100倍---

 

Ⅱ 2つの評価

コロナ騒動は現在進行形である。評価にはまだ早いかもしれない。しかし政策の評価には元来2種類ある。進行中の政策を修正するための中間評価(formative)、終わってから次の政策に応用するための結果評価(summative)である。
中間評価はPDCAサイクルのCheck(点検)に当たり、ここではより良い政策のための点検の試みとしたい。

 

 

評価のためには目的が明確に示されねばならない。日本政府発表の言外の意や諸外国の例を参照すると目的には階層性があり図4の如くとなる。究極の目的は「疾病の制圧」である。今回は初期からそれは明らかに達成できなかった。不顕性感染と接触によるしつこい感染というウイルスの特徴から、もともと無理な目標だったのかもしれない。

 

次のレベルの目的即ち「死亡を減らす」に移っているはずである。そのためには2つの経路、即ち「治療」と「発生」をめぐる目標があげられる。死亡させないためには、前者の経路からは「治療体制の確立」、後者からは「重症者を出さない」ことが目標となる。言い換えると「患者が医療供給の能力を超えないようにする」ことと「重症になりやすいハイリスク者の感染を防ぐ」ことである。

 

 

図4の目標群の評価について検証するため「世界各国と地域の死亡率の比較とその原因分析」をし、その原因について評価したい。

 

 

 

評価1 世界各国のコロナ 政策中間成績通知簿

「世界各国中間成績通知簿」として、世界の主な国と地域の、新型コロナウイルス感染症による人口100万当たりの死亡者数を図5に示した。数値は多くの欧米とアジアの国々でいわゆる第1波が終わった8月の初めまでとした。一目見るだけで、アジアの死亡率がヨーロッパよりも1桁から2桁低いことがわかる。
アジアの部分だけ拡大すると、日本が高く、圧倒的成功を収めている台湾、ベトナムなどはさらに1桁少ない。中国も武漢を除けば台湾に並ぶ。SARSの教訓を生かしたことが、日本以外の中国周辺諸国の成績を上げたと考えられる。

 

 

 

死亡者数を都市や州など地域単位で比較すると、欧米とアジアの差はさらに際立つ。アジアでは宗教クラスターが多発した大邱が66人と多いが、ソウルやバンコクは1桁、北京、台北では0.4前後、東京は国内でも集中して24人と2桁であるのに対し、ヨーロッパの首都はその国の平均より高く6〜800人、医療崩壊があったとされるマドリードでは1000人を超す。

 

しかし、ニューヨークは想像を絶する値2807人で、東京の100倍である。アメリカで医学や公衆衛生学を学び病院の現場で働いた私にとって、極めて感慨深い数値である。いや、アメリカ人にとっての衝撃、敗北感はさらに計り知れない。

 

 

アメリカは間違いなく未だに世界一の経済大国、軍事大国、医学大国ではある。世界一のNIH(国立衛生研究所)による医学研究費、世界最高の医学雑誌群、高度医療センター、これまで世界の感染症管理の模範とされ実績を積み重ねてきたCDC(疾病対策予防センター)を擁する。

 

しかしこの通知簿を突き付けられると一体アメリカの医学、公衆衛生学の栄光は何だったのかと問わざるを得ない。アメリカの識者たちは、少なくとも医学界の優先順位に誤りがあった、プライマリーケア、公衆衛生に重点を置くべきだったと、苦渋の告白を始めている。

 

 

 

この中間通知簿からは「西洋の没落」というキーワードが浮かび上がる。100年前、ロシア革命の次年、第1次世界大戦の終了年、そしてスペイン風邪流行時に哲学者シュペングラーによって書かれた歴史書のタイトルである。
100年後それが数字で証明された。

 

 

「社会距離」「生活習慣」 欧米・アジアで相違

評価2 アジアの死亡率が低い理由

日本を含めて、なぜアジアの死亡率が低いのかを分析した表が図6である。

 

 

 

欧米では基本的に他人は敵で、出会うと握手やハグをすることで味方であることを確認する必要のある不幸な社会である。アジアでは他人は敵ではなく尊敬すべき存在なので出会うとまず互いに礼を持って敬う礼節の社会である。社会習慣から欧米ではソーシャルディスタンスが近く感染原因となっているのに対して、アジアでは元来社会距離が遠く感染のリスクが低い。豊かな水による「清め」の文化があるのもアジアの特徴だ。

 

死亡率を高めるリスクの1つである肥満者の割合も、最も高いアメリカの40%、OECD諸国では比較的低いフランスの17%に対し、日本4.4% 、韓国5.4%とアジアは低い。

 

 

そして近年の医療保険の普及などにより医療へのアクセスが容易である。このようにアジアにはもともと、感染拡大の抑止につながる社会的要因が複数あり原因に占める社会的要因の割合は大きいと考えられる。生物学的要因は常に否定できない。免疫状態や遺伝状態の相違、特に自然免疫や過去の類似ウイルスへの暴露による獲得免疫の相違がすでに議論されているが、今後の検証が待たれる。

 

 

一般社団法人未来医療研究機構 長谷川敏彦代表理事

(プロフィール)
アメリカでの外科の専門医レジデント研修など15年の外科医生活、ハーバード大学公衆衛生大学院での学習研究を経て1986年に旧厚生省に入省し、「がん政策」「寝たきり老人ゼロ作戦」を立案。その後、国立医療・病院管理研究所で医療政策研究部長、国立保健医療科学院で政策科学部長。日本医科大学で医療管理学主任教授を経て、2014年に未来医療研究機構を設立。現在、地域包括ケアや21世紀のための新たな医学、公衆衛生学、社会福祉学そして進化生態医学創設に向け研究中。

 

 

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