2021年は75万人に急減か
上場企業の大幅リストラ、外食チェーンが大量の店舗閉鎖、失業者の増大、女性の自殺者が8割増ーー コロナ禍による激震が続いている。リーマンショックどころではない。これほどの鎖国、外出制限は明治期以来初めてだろう。
なかでも衝撃的なのは、次世代の確保が難しくなることだ。つまり急激な少子化である。あらゆる生物は本能として、種の保存、継承に勤しむ。人間も子供を産み育て、子孫を残すことを社会として仕組んできた。それが危機的状況になりつつある。
日本産科婦人科学会(日産婦)の調査によると20年10月から21年の3月までの分娩予約数が大幅に減少していることが分かった。前年同期の19年10月から20年3月の分娩実数と比べたもので、全国で31%も少ない。
全国576の産科施設に対しアンケート調査を実施、390施設から回答を得た。
東京、神奈川、埼玉、千葉、愛知、大阪の6都府県を「都市部」とし、それ以外の道府県を「地方部」として減少率を比較した。「都市部」では約24%の減少だったが、「地方部」は約37%にも上った。
最も減少率が大きかったのは大分県(3施設)の63%だった。次いで長野県(8施設)の59%、宮崎県(5施設)の57%。減少率が最も少ないのは、宮城県(9施設)の6%で、大阪府(26施設)と沖縄県(3施設)の19%が続いた。
地方での減少が大きいいのは、都市部からの里帰り出産を控えたものと思われる。
これに先立ち、厚労省が調査した「妊娠届け出数」でも出生数の激減が予想される。5月から7月までの届け出数が前年比で11.4%も減った。
この割合で推移すると、2021年の出生数は75万人前後にとどまりそうだ。
妊娠届けは、母子保健法に基づき母子手帳や健診の受診票の交付を受けるため市町村に提出する手続きである。妊娠3カ月までに妊婦の9割以上が届け出ている。7~8か月後の出生数の目安となる。
毎年低下し続けている出生数だが、2019年に初めて90万人を割り86万5239人となった。
政府の2020年版少子化社会対策白書は、これを「86万ショック」と呼ぶべき状況だと危機感を表現した。
ところが、それどころではない。80万人台を一気に飛び越して、70万人台に落ち込んでしまう。国立社会保障・人口問題研究所が推計している日本の人口予測では、少子化が進んでも75万人の出生数となるのは2039年としている。18年も先のことだとみていた。それがあっという間の前倒しである。
この少子化がもたらす将来の社会保障政策への影響は大きい。団塊世代が90歳代になる頃に、若年層が少なくなると多くの社会保険制度の維持が難しくなる。医療保険を始め介護保険、年金制度などいずれも勤労者、働く世代のからの拠出金など現役世代に頼っているからだ。
労働力不足も深刻になり、外国人への門戸開放策に急ピッチで舵を切らざるを得ないだろう。
出生数の縮減をもたらした最大の要因は、コロナ禍による生活不安だろう。欧米と異なり日本では、結婚しないままでの出産、即ち婚外子は極めて少ない。職を失なったり、その可能性が高まれば婚姻への意欲が下がる。結婚し共働きでも、女性の非正規雇用は増え続けており、コロナ禍でより拍車をかけている。
元々、欧米諸国に比べ日本の女性は男女差別の「被害者」として苦しい立場にある。世界経済フォーラム(WEF)の発表では、男女平等指数(ジェンダーギャップ指数)の2019年版ランクで日本は153カ国中121位と、過去最低に転落した。多分野でのクオータ制(女性割合を決める制度)を採用しないことが大きい。加えて、職場や家庭での平等性が確保されず、「無意識の偏見」が抜けきらない。
そこへコロナ禍が襲い、社会的弱者が最悪の選択に追い込まれた。自殺である。前年同月比40%増となった10月の自殺者は2158人。男性の増加率は21%だが、女性は82%増にも達した。
出産減はこうした苦境への女性陣からの一斉ストライキと言えるかもしれない。
浅川 澄一 氏
ジャーナリスト 元日本経済新聞編集委員
1971年、慶応義塾大学経済学部卒業後に、日本経済新聞社に入社。流通企業、サービス産業、ファッションビジネスなどを担当。1987年11月に「日経トレンディ」を創刊、初代編集長。1998年から編集委員。主な著書に「あなたが始めるケア付き住宅―新制度を活用したニュー介護ビジネス」(雲母書房)、「これこそ欲しい介護サービス」(日本経済新聞社)などがある。