働く価値・やりがい感じる場づくりを

 介護保険制度が施行され20年以上が経過その間に少子高齢化はますます進行し、制度の持続可能性が問われる状況に至っている。新しい世代が、将来性を感じ、働くことの意義を感じられる、魅力ある介護マーケット作りが求められている今、本紙では”介護の魅力”をテーマにした座談会を開催。介護保険制度の先行き、介護人材の課題について議論した。

(2020年12月18日に座談会実施)

 

 

 

先送り的改革が将来に残す不安

網谷 本日は「介護の未来~魅力ある介護マーケットの創造~」と題し、業界経験豊富な皆さんと一緒に語っていきたいと思います。まずは今回の介護報酬改定の捉え方ついて、お話しください。

 

三重野 コロナ対策の物品などの費用負担が増すなか、0.7%アップについて、現場からまずは肯定的に受け止めています。新設加算も積極的に取得し、利用者も職員も、不安なく過ごせる未来を作っていかねばならないと考えています。

 

日本ホスピスホールディングス 三重野真氏

 

 

伊藤 経営者としては、事業で利益を生み出さなければなりません。それによって、職員の昇給や未来に向けた支援ができる。報酬が上がった分を何に投資するのか考えます。

 

ねこの手 伊藤亜記氏

 

神永 何もしなければ、プラス改定を経営上のプラスにはできない。コロナ対策のための物品購入や人の採用も考えると、安堵はできません。

 

ユニマット リタイアメント・コミュニティ 神永美佐子氏

 

網谷 今回は、確かに小幅な改定ではありますが、改定の項目が非常に多い。将来に向けた布石が、随所に置かれていると言えます。

高齢者住宅新聞社 網谷敏数

 

介護、義務化も
網谷 介護保険改革の行方についてはいかがでしょう。私は負担と給付の問題にもっと切り込んでも良いと思っています。現実は給付範囲を狭めざるを得ない状況であるにも関わらず、切り込んでいない。要支援者の一部が介護保険から切り離されて、軽度者改革に向かうことは明白です。反発は必至ですが、被保険者の拡大も議論は必要でしょう。

 

三重野 議論、改革しなければ日本が潰れてしまう。若者に大きなしわ寄せが行かざるを得ない。医療の場合、高齢者医療をいったん無料にした後、有料に戻した。その英断を下した政権は短命に終わっていますが状況を見るにつけ、政治も今、痛みを伴う決断をすべきであると思うのです。

 

網谷 高齢者が多くなるにつれ「票田だから」とシルバー民主主義に陥る。迎合する流れがあります。大鉈を振るう改革が必要です。

 

神永 個人的には義務化して、一定期間は介護の仕事に就くという制度があってもよいように思うのです。できれば若いうちに介護の仕事を経験する。自分の周りで介護が必要になった時、必ず役にたちますし、介護という仕事を理解することができます。国をあげて方向性を示すことが重要だと思います。

 

三重野 最近、ファンドレイジングや寄付などに関わっていると、若い人たちが強い関心を寄せていることに驚かされます。
自分たちの世代が若い時は車が欲しい、ないと彼女ができない、と物欲が旺盛だったが、今の人たちは「人の役に立ちたい」と思っている。そういう価値観を持っている人が少なからずいると実感しています。ただ、その人たちでも介護はちょっと遠いと感じている。そこに経験する機会を与えるのは非常に良いと思いますね。

 

 

地域で支える
網谷 ”軽度者改革”についてはどうでしょう。日本の介護保険は7段階要支援1、2と要介護の5段階で、うまくできているとされますが、財政がもたない状況になりつつある。一方で、ドイツや韓国では日本でいう要介護3、中重度以上が対象という制度で運用しています。

 

神永 特に認知症の場合、重症化させないため早いうちに手を打つことが重要です。要介護度が1、2でも元気で動き回るから介護の負担は大きい。その苦労が報われなくなるような改変はあるべき姿と違うと思います。

 

伊藤 認定調査でも認知症で体が動くと軽度とみなされてしまう傾向にあります。保険は自ら申告、申請することが前提で、自動的に掬い上げてはもらえせんから、例えば、65歳になったら必ず全員健康診断を受けるような方法で、入り口できちっと押さえないと、「気づいたときには悪化していた」という事態に陥りかねません。

 

三重野 認知症は、介護保険以外のスキームで捉えることも必要ではないかと思います。東京・大田区や町田市のように、地域で支える仕組みが考えられます。
一定年齢以上の男性はもともと会社と家しかいる場所がなくて、地域との接点がない。それが退職すると、家に引きこもるしかなくなって、他との接点がない、刺激のない生活をしていずれ認知症を発症してしまう悪循環が生まれています。

 

網谷 フレイル状態や軽度の要介護になった方や認知症の方を含めて「地域で支える」という考え方は、絶対必要になってきますね。

 

伊藤 問題は老々介護だけではなく、孫が祖父母をみる「うら若介護」の問題もあります。先日も痛ましい事件がありましたが、「誰かが関わっているから大丈夫。介入しない」ではなく社会が救うべき。見えにくいところを健康診断の義務化などで見えるようにし、介護離職の予防などに努めたいところです。

 

網谷 一方の重度者対応に目を向けると、看取りや医療と介護の連携など、手厚い報酬体系になりつつある。三重野さんの会社では、まさにそこに取り組んでいますね。

 

三重野 当社サービスはがん末期の方が対象で、緩和ケアの領域。多くの症例にあたれる場で腕を磨きたいという看護師さんが集まってくるのです。多くに当たるから、サービスも向上していく、好循環が生まれ、結果的に地域にも貢献できるようになります。専門特化することの意義は、あると思います。

 

網谷 軽度者向けのサービスや、その前段階のフレイル状態、自立の人向けの介護予防、がん末期の方やパーキンソン病の方に特化したサ高住などもある。重症度などに合わせて、専門特化したサービス提供が増えてきています。

 

伊藤 新しいニーズに応えることは、重要です。地域貢献や社会貢献と題目を掲げ、ハードを充実させただけでは利用者は集まりません。

 

保険外の視点
網谷 介護報酬への依存には限界があって、保険外に突破口を見出す必要がある。ところが国の混合介護や、東京都での選択的介護といった取り組みが進んでいるとは言い難い。それはなぜでしょうね。

 

伊藤 新しいことを始めるための人を手当てしなくてはならないし、以前からいる職員の同意や理解も必要です。新しく事業を始めるのであれば、「介護保険外のサービスも提供している」と謳って、人材募集をできますが、途中からとなると「そういうつもりではなかった」という人も出てくる。そうした難しさもあります。

 

神永 介護事業者は、比較的、閉ざされた環境の中にいると実感しています。他の業界の情報は入ってきにくい。働いている人たちも介護業界でずっと過ごしてきた人が多い。よそは知らないことが多いので、現場でのアイデアは出てくるが、ゼロから何かすることに慣れていません。

 

三重野 マーケットの構造が違うのでしょうかね。例えばスポーツクラブの場合、会員が高齢化してきたから、はからずものマーケットシフトをしている。そうやって保険外のサービスは、できていくのかもしれません。

 

神永 実際に、介護保険の給付対象サービスを使っている人が行く場所では、やること、やれることに限界があります。まだそこに来ていない人、保険給付対象の手前のところを保険外でまかなっていく。そこを進めていくべきだと思いますね。

 

求められる「きっかけ」、無関心層と介護の接点
裾野を広げる
網谷 人材に話を移しましょう。人材不足をいかに解消するかについて、専門職を育てる一方で介護に関わる人材の裾野を広げる取り組みが必要ではないでしょうか。

 

神永 未だに3Kのイメージがつきまとうのが介護の現実。これを変えていく必要性を感じます。タブレットを使いこなし、アシストスーツを装着して移乗をこなす「かっこいい」介護のイメージが形作られると、採用の環境も変わってくるかと。

 

三重野 ドローンを駆使して見守りをするなんていうのもイメージが変わりますね。

 

網谷 寄り添うところはきちんと寄り添い、ハイテクを取り入られることは取り入れる。両立が求められます。

 

伊藤 例えば、大学が介護分野でアルバイトをする学生に単位を認めてはどうでしょう。単位のために介護に関わる人がいても良い。志の高い人ばかりを求めるのでなく、関心のない層が介護に馴染む仕組みが必要です。

 

三重野 私が気になっているのは海外人材の活用。彼らは本気度が違います。技能実習制度が浸透してきたところ、特定技能制度が始まって現場には混乱も課題もあります。しかし、多様な人材を受け入れるための意識改革をするよいきっかけにもなります。

 

神永 介護分野で働いている人の中には、目的とか夢を持っていない人も少なくないと感じています。魅力ある介護というもののイメージがない状態で働いているためか、帰属意識が非常に低い。専門職なのでどこでも仕事ができるという意識もあるでしょう。この職場、この企業で働く意味、そこに帰属することの価値を作っていかないと、人を集め、定着させることはできないと思います。

 

シニアの戦力化
網谷 生産年齢人口が減っていく中では、シニアの活用も重要になってきます。高齢者が若返っていてその定義を75歳以降とする提言もある。力がある元気なシニア層が地域に関わっていくことが、本人にとっても意味を持つと思います。

 

三重野 特に退職後の男性が地域にアジャストできにくい。企業側が50歳になったら地域活動を促すことも、必要かもしれませんね。

 

伊藤 心身のヘルスケアマネジメントが重要ですね。定年を迎える時に次は「こうやって生きられるんだ」と。やりがいや生きがいを感じられるよう、心身を健康にするということが必要になります。

 

“トップランナー”の意識がイメージを変える
魅力ある業界に
網谷 魅力ある業界にしていくための策を含め、最後に一言ずつお願いします。

 

神永 魅力ある介護というのは、「働く意義」を感じ、やりがいを持って働ける場であることだと思います。そのためには、事業のコンセプトが重要。それが明確だとすべきことが明確になり、組織に一体感も生まれる。働く人がその意義を感じられる環境を作ることが、結果として新しいアイデアや創造につながると思っています。

 

伊藤 私自身が業界に入るきっかけになったのが、祖母の介護経験です。皆さんに将来、介護を不安に感じて欲しくないし、働く人にとっても介護という仕事を明るく希望のあるものにしたい。そのため人間として豊かでいるための教養を身につけ、それを仕事に生かせるような人材育成、職場作りをして行きたいと思っています。

 

三重野 かつてとは異なり、世界、特にアジアからは日本の介護が注目される立場にある。ICTの活用や、自立支援への取り組みも科学的介護に変わろうとしている。高齢化のスピード含め、日本が先頭を走る国であることを意識共有して、課題に取り組んでいくなら5年後、10年後は明るいでしょう。まずはそれを信じる人たちを増やしていく。そのエネルギーや思いが、若い人たちが面白そうだ、楽しそうだという意識につながっていくように思います。

 

網谷 将来性のある、魅力ある業界をどう作っていくか。業界内で奪い合いになっている人材の問題解消のためにも引き続きみなさんと考え、行動して行きたいと思います。
本日はありがとうございました。

 

 

 

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