グレートバリントン宣言VSジョン・スノウ覚書
2021年1月7日、新型コロナウイルス感染拡大で2度目の緊急事態宣言が出された。この過程で移動・外出を緩和する方策を取るのか、行動制限を行うのかで意見が二分した。このような分断は、実は専門家の間でも起きている。それが2020年10月に起きた「グレートバリントン宣言(以下・宣言)」とそれに反対を唱える「ジョン・スノウ覚書(以下・覚書)」である。
米国で20年10月4日、ロックダウンなどの行動制限に反対して、それらがもたらす社会的損害を最小化しようと「宣言」が発表された。米国マサチューセッツ州グレートバリントンで、ハーバード大学、オックスフォード大学、スタンフォード大学の専門家らが起草し、世界中の科学者及び臨床医、そして一般市民30万人の署名を集めた。この宣言が出されてから10日後、それに反対を表明する「覚書」が英国の医学誌「ランセット」に掲載された。覚書には英米独の国際的な研究者80名が署名している。
宣言と覚書を比較すると、ロックダウン、集団免疫、ハイリスク者への集中保護の是非が争点となっていることがわかる。
まずロックダウンについて。宣言は、「短期的及び長期的公衆衛生に破滅的影響を与える。その結果、子どもの予防接種率の低下、心疾患アウトカムの悪化、がん検診の減少、及び精神衛生の悪化などが生じる。特に学生たちを学校に行かせないのは重大な不正義である」と否定的だ。
これに対し覚書では、弊害は認めつつも、「死亡率を減らすためには不可欠」と主張。ロックダウンで時間を稼ぎ、その間に「ヘルスケアサービスが崩壊するのを防ぐ」としている。
集団免疫について宣言では、「新型コロナによる死亡の危険性は、若者に比べ高齢者で高い。若くリスクの低い大人は通常通り働くべき。レストランやそのほかの商売も開くべきだ。集団免疫がつくられれば、弱者も含め社会全体のウイルスに対する感染リスクは下がる」としている。一方、覚書では、「集団免疫を得る過程で起きる若年者への制御不能な感染は、全人口にわたって重大な罹患率及び死亡率の上昇の危険をもたらす」と指摘した。
ハイリスク者の集中保護について宣言では、「死亡リスクが低い人々には普段の生活を許し、リスクが最も高い人々は保護する」として、高齢者や基礎疾患もつハイリスクグループの「集中的保護」を提言。一方、覚書では、「重篤な病気や脆弱の高齢者の割合が、地域人口の30%を占める場所もある。地域の大規模集団の長期孤立は事実上不可能で、極めて非倫理的」と反論する。
医療の専門家の中にもこうした論争があることを知ってほしい。
武藤正樹氏(むとう まさき) 社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ相談役
1974年新潟大学医学部卒業、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中86年~88年までニューヨーク州立大学家庭医療学科に留学。94年国立医療・病院管理研究所医療政策部長。95年国立長野病院副院長。2006年より国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉大学大学院教授、国際医療福祉総合研究所長。政府委員等医療計画見直し等検討会座長(厚労省)、介護サービス質の評価のあり方に係わる検討委員会委員長(厚労省)、中医協調査専門組織・入院医療等の調査・評価分科会座長、規制改革推進会議医療介護WG専門委員(内閣府)