――第26回 映画「僕が跳びはねる理由」――
多様性の受容は、違うと知ること
「それぞれの違いが社会を美しく面白くする。皆同じだったら、つまらないじゃない!」。これは、アメリカのファッションメディアの取材で、ダウン症モデルのマデリン・スチュアートが語った言葉。彼女は、2015年9月、NYファッションウィークで、ダウン症のランウェイモデルとしてデビュー。2017年、アメリカの『フォーブス』誌では、ファッション界に〝ダイバーシティ〞をもたらした人物に選ばれ、社会に肯定的なムーブメントを巻き起こした。
彼女に続いて、ダウン症のモデルの起用は、世界で広がりを見せている。エリー・コールドスタインもその一人。グッチが手がけるコスメブランドの広告塔として、ブランド史上初となるダウン症モデルの起用で話題になった。
企業においては、『ニューロダイバーシティ:「脳の多様性」が競争力を生む』(Harvard Business Review Robert D. Austin,GaryP.Pisano)という考え方が進みつつある。「自閉症やADHDのような非定型発達は、人間のゲノムの自然で正常な変異」であり、統合運動障害、失読症、ADHDなどを持つ人の多くは平均を超える能力を持つという。
例えば、2つの修士号を優等の成績で取得し、数学とソフトウェア開発の技術を兼ね備えた稀有な人材を企業は喉から手が出るほど求めているはずだが、採用に踏み切れない。ニューロダイバースな人材を取り込むために、SAP、HPA、マイクロソフト、IBMなど多数の有名企業が人事プロセス改革の取り組みを進める。
先陣を切った大企業ではわずか4年のうちに生産性、品質、革新性の向上などの成果を得ているという。ニューロダイバースな人材は「定型発達者」と神経回路が異なるため、企業が価値を創造するうえでも新たな視点をもたらす可能性があるとされ、まさに〝インクルーシブ〞が豊かな社会を予感させる。
さて、4月2日、ドキュメンタリー映画『僕が跳びはねる理由』が公開される。
『僕が跳びはねる理由』 (c)2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute 4月2日(金)より、角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
★原作:東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』2005(, エスコアール、角川文庫、角川つばさ文庫) ★監督:ジェリー・ロスウェル 2020年/イギリス/82分/シネスコ/5.1ch/字幕翻訳: 高内朝子/ 字幕監修: 山登敬之/ 配給:KADOKAWA
原作は、世界30ヵ国以上で出版され、大ベストセラーとなった『自閉症の僕が跳びはねる理由』。重度の自閉症を抱える作家・東田直樹が、わずか13歳の時に、パソコンや文字盤ポインティングを駆使して、自閉症者の世界を、彼のとらえ方で文章化したのだ。刊行直後、疑問の声も上がった一方で、暗闇を彷徨っていた自閉症者と家族にとって、まるで未知の国からの使者だった。監督は疑問を解くべく「世界各地の五人の自閉症の少年少女と家族たちをクローズアップ」。
彼らの見ている世界に想像を巡らせると、「普通って何?」と問いたくなる。文明の支配下にいる我々の〝普通〞と、支配の外にいる彼らの〝普通〞、どちらが幸せなのかはわからない。ただ確かなのは、東田氏のいうように、自分を好きになれるかどうかだ。ありのままでいられる場所があれば、人は自分をちゃんと好きになれるのではないだろうか。
小川陽子氏
日本医学ジャーナリスト協会 前副会長。国際医療福祉大学大学院医療福祉経営専攻医療福祉ジャーナリズム修士課程修了。同大学院水巻研究室にて医療ツーリズムの国内・外の動向を調査・取材にあたる。2002年、東京から熱海市へ移住。FM熱海湯河原「熱海市長本音トーク」番組などのパーソナリティ、番組審議員、熱海市長直轄観光戦略室委員、熱海市総合政策推進室アドバイザーを務め、熱海メディカルリゾート構想の提案。その後、湖山医療福祉グループ企画広報顧問、医療ジャーナリスト、医療映画エセイストとして活動。2019年より読売新聞の医療・介護・健康情報サイト「yomiDr.」で映画コラムの連載がスタート。主な著書・編著:『病院のブランド力』「医療新生」など。