回復可能性の判断、誤るな

 

先月から主治医を担当することになった90代の男性。
一人で自立した生活を送っていたが尿路感染症を発症。念のためにと入院した先の病院で誤嚥性肺炎を発症した。食事が止められ、点滴による治療が始まったが、徐々に全身の機能が低下。経口摂取の再開ができないまま、寝たきりになってしまった。一人暮らしを継続するのは無理という判断で特定施設に入居となったのだ。

 

 

これは典型的な医原性サルコペニアだ。

食事を止め、ベッドの上で安静を強いれば、低栄養と筋量減少が急速に進行する。10日間の入院管理(症状安静)で7年分老化が進んだのと同じだけ骨格筋が失われる。ここに食止めが加われば、衰弱はさらに加速する。

 

 

誤嚥性肺炎の場合、病院では「とりあえず食止め」という措置が行われることが多い。「誤嚥」という言葉は食物を誤って気管内に吸引することを想起させる。しかし、実際には誤嚥性肺炎の多くは夜間就寝中の唾液の誤嚥によって生じる。このようなケースであれば、肺炎治療において、当然ながら食事を止める必要はない。

 

むしろ、食事を止めることで、栄養状態が悪化し、摂食嚥下に関わる筋肉を減少させ、誤嚥のリスクをさらに高める。前田氏ら(現国立長寿医療研究センター)の研究によれば、誤嚥性肺炎の治療にあたり「とりあえず食止め」することで肺炎の治療成績が悪化する、具体的には死亡率が上がり、入院期間が延長し、経口摂取の再開率が低下することが示されている。

 

 

彼はなんとか生きて退院することができたものの、嚥下機能は大きく低下し、生命を維持するために必要な食事を口から摂ることは不可能な状況だった。施設入居時、右の前腕に点滴ラインが留置され、1日に500ml、ほとんどカロリーのない液体が滴下されていた。家族には病院の主治医から、回復の可能性はないと説明されていた。看取り前提での入居だった。

 

 

診療情報提供書には「発語はない」と記されていたが、ベッドサイドに腰を下ろし、本人に挨拶すると、本人は瞬きで返事をしてくれたようだった。これからどうしたいですか?と尋ねると「元気になりたい」と絞り出すように話してくれた。口腔内を確認すると、口腔粘膜は乾燥し、厚い舌苔がこびりついていた。口腔ケアをするだけで、活舌は少し改善し、口腔内の水分を嚥下する動作も見えた。もしかすると行けるかもしれない。

 

 

家族に改めて説明した。本人には元気になりたいという意思があるようだ。嚥下機能も喪失しているわけではない。食べられないのは、おそらく食止めによる低栄養と嚥下筋群のサルコペニアが原因。退院直後の今なら、戻せる可能性がある。2ヵ月半まで自立していた本人を知っている家族は、回復の可能性があるならチャレンジしたいと本人の意思を支持してくれた。

 

 

まずは脱水の補正、そして栄養補給のために点滴計画を変更した。血管は細く脆弱だったが、脂肪乳剤を含む輸液製剤を利用し、1日に1100ml、620kcalを確保した。施設の看護職員は丁寧な口腔ケアを重ねながら、嚥下用ゼリーを使って摂食訓練を始めた。

 

そして徐々に傾向摂取量は増加し、1ヵ月でソフト食をほぼ全量摂取できるまでに回復した。もちろん点滴も卒業した。会話量も音量も増加した。今は日中の約半分を車いすの上で過ごしている。次のプロセスは食形態のアップだ。義歯の調整が終われば、もう少し美味しいものを食べることができるようになるだろう。

 

 

 

これは決してミラクルではない。リハビリテーション+栄養ケアだ。入院によって弱った心身の機能は退院直後であれば、リハ栄養で回復につなげられる可能性が高い。入院による心身のストレスから解放された高齢者は、退院によって本来のポテンシャルを発揮できる状況になる。このタイミングで介入できれば効果が大きい。

 

「看取りの対象」という病院の説明を鵜呑みにするのではなく、自分たちの目でその人の回復可能性をきちんとアセスメントすることがとても大切だし、それは医療介護専門職にとって必要なスキルの1つであると思う。

 

 

佐々木淳 氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

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