「任意後見制」の活用で突破
身元保証に関わる注目すべき判決が1月下旬にあった。名古屋地裁岡崎支部が愛知県安城市のNPO法人に対し「身元保証契約と一体として結んだ死因贈与契約は無効。民法90条に規定する公序良俗に反する」と指弾した。
死因贈与契約で本人が死亡後に譲渡するはずだった620万円がNPO法人に渡らないことになり、NPO法人は控訴した。養護老人ホームに入居した身寄りのない本人が、身元保証契約をNPO法人と交わさざるを得なかったことが始まりだった。「おひとりさま」が増える中、身元保証問題に波紋を広げた。
実は、国は「入院入所に身元保証は不要」と以前から再三、都道府県に示している。2018年8月の通知では「介護保険施設が、身元保証人等がいないことのみを理由に入所を拒む不適切な取扱を行うことのないよう、適切に指導・監督を行うようお願いする」とある。だが、都道府県は「適切な指導・監督」を行っていない。
みずほ情報総研が2017年12月に実施した特養や老人保健施設、有料老人ホームなど2387施設への調査では、95・9%が「(身元保証人など)本人以外の署名を求めている」と回答。そのうち30・7%は、署名がないと「受け入れない」としている。東京都社会福祉協議会は「特養入所後に入院する時に、病院から身元引受人を必ず求められる。そのため身元引受人がいないと入所を断らざるを得ない」と明かす。
国の政策と現実とのギャップは大きく、判決にあるように市や社協は現場の思惑に引きずられ身元保証人の登場に手を貸している。ギャップを埋める事業者は全国に150以上あると言われる。なかには契約が不透明なところもあり、16年には日本ライフ協会(東京)が会員からの預託金の流用が発覚し破産した。
といって、行政や社会福祉の関連団体は保証人を引き受けない。無限責任を負うためだ。本人に代わって契約出来るのは家庭裁判所の指名を受けた成年後見人である。保証人になることは難しいものの、施設や病院側が保証人に近い役割を果たしてくれると判断するケースが多い。
「書類の保証人の欄に、保証人の文字を消して、後見人と書き直したうえでサインする」と答える関係者は少なくない。
ギャップを埋める苦肉の策だ。だが、法定後見人の制度は、認知症や知的障害などで判断力に欠ける人のために限定される。そうでない人には、「任意後見制度」を活用すれば対応できる。本人が判断能力があるうちに、あらかじめ任意後見人を選んでおき、判断力が衰えた時に後見活動をしてもらうのが任意後見制度制度。
任意後見契約と一緒に「見守り契約」と「任意代理契約」を結ぶと、施設側が実質的に保証人と同様の立場だと理解してくれるので入所できる。まず見守り契約に基づいて、任意後見人が自宅を訪問して面談、体調を把握し、生活相談にのる。要介護度が進んで施設に入所すると、任意代理契約により利用料の支払いなど財産管理や入退院の手続き、主治医の話を聞くなどで支援を続ける。
そして、認知症と診断されれば、任意後見制度に切り替える。任意後見人には、家庭裁判所から後見監督人が指名され、活動内容の報告を受ける。
こうしてほかの契約と組み合わせながら任意後見制度を活用すれば、入院入所もスムーズに行うことができる。「おひとりさま」に必要な生活の知恵だ。
とはいえ、任意後見制度はほとんど知られていない。2020年末日時点での全後見利用者は23万2287人で、そのうち任意後見はわずか2655人に過ぎない。
浅川 澄一 氏
ジャーナリスト 元日本経済新聞編集委員
1971年、慶応義塾大学経済学部卒業後に、日本経済新聞社に入社。流通企業、サービス産業、ファッションビジネスなどを担当。1987年11月に「日経トレンディ」を創刊、初代編集長。1998年から編集委員。主な著書に「あなたが始めるケア付き住宅―新制度を活用したニュー介護ビジネス」(雲母書房)、「これこそ欲しい介護サービス」(日本経済新聞社)などがある。