70代の男性。大腿骨頸部骨折で入院となった。骨折に対しては手術が行われたが、経過中に複数回の肺炎と尿路感染。入院は3ヵ月間に及んだが、結局、十分なリハビリができず、寝たきりの状態で帰ってきて、在宅医療が導入となった。

 

 

 

誤嚥性肺炎入院中の栄養管理    1ヵ月目でも約4割が禁食中

 

初診時は明らかな「飢餓状態」。脱水もあり、体重は入院前からマイナス14キロ。生命を維持できるギリギリの状態だった。病院もいろいろと大変だったのはわかる。だけど、入院前は自立していた人だ。この栄養管理はもう少し改善の余地があったと思う。

 

 

骨折などの外傷、手術による侵襲、そして肺炎や尿路感染などの急性感染症。これら強い炎症を伴う状況においては、身体の組織を構成するタンパク質がどんどん分解されていく(異化亢進)。だれでもインフルエンザなどで2〜3日間寝込んで、そのあと明らかな筋力の低下を自覚した経験があるだろう。外傷・手術・肺炎などの炎症の強さはインフルエンザの比ではない。

 

 

そして1度の体温上昇だけでも基礎代謝は13%上昇する。治療中は普段以上のエネルギーを消耗するのだ。もともと予備力の少ない高齢者が、強い炎症と戦うためには栄養ケアは欠かせない。その重要性は十分に認識されているはずだし、病棟のNST(栄養サポートチーム)に加算がつくのは、入院中の積極的な栄養ケアが入院期間を短縮し、死亡率を低下させることが明らかだからだ。

 

 

彼は入院直後にせん妄を起こし、鎮静剤が投与されたり、肺炎を起こしたりしたこともあり、3ヵ月の入院期間中、経口摂取が中止されていた。手足の末梢静脈から、1日200〜400kcal程度のエネルギーが点滴で細々と投与されていただけ。これでは圧倒的に足りない。

 

 

これから先の2週間、水だけで過ごせと言われて、あなたは我慢できるだろうか。一般に、経口摂取を含む経腸栄養を2週間以上停止する場合(あるいはその見通しがある場合)には、中心静脈ルートを確保し、必要なエネルギーの投与を開始することとされている。これは研修医でも知っている病棟輸液管理の基本中の基本だ。
しかし、患者が要介護高齢者だと、一時的にでも本格的な栄養管理をすることに抵抗のある病院医師が多いようだ。

 

 

誤嚥性肺炎の入院中の栄養ケアの実態を明らかにした研究がある。多施設DPCデータから抽出された7万例の誤嚥性肺炎の入院治療の内訳を見てみると、入院7日目でも経口摂取を止められている人が4割、そして1ヵ月目でもなんと4割が禁食中。その間の静脈栄養はエネルギー・アミノ酸とも推奨量のわずか1/3。脂肪投与はほぼゼロ。

これでは、よほどの基礎体力がないと回復できない、というよりも回復するなと言っているようなものだ。

 

 

こんな高齢者に中心静脈栄養をするのか?そう思うのかもしれない。だけど手術までやるなら、栄養管理はセットできちんとやるべきだ。栄養ケアまではやれないというなら、手術をしないという選択のほうが最終的なQOLの低下を小さくできることもある。そして、そもそも禁食という判断が安直に過ぎる。食べられないのと、食べさせる努力をしていない、というのは全く意味が違う。

 

 

 

ちなみに、彼は退院後、文字通り「骨と皮」の状態から順調に改善。口腔ケアと処方薬の見直し、環境の調整で経口摂取を再開することができた。しっかりONSも飲んでもらえて体重は1ヵ月で3キロほど回復。下肢の拘縮で立位は厳しそうだが、車いすへの移乗は可能となり、笑顔も見られるようになった。

 

しかし、これは在宅医療の美談じゃない。こういうきわどい橋を渡らなければならない高齢者を少なくするためにも、高齢者の脆弱性に配慮した病院医療の在り方を、いま改めて考える必要があると思う。

 

 

佐々木淳 氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

 

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