介護保険の「総合事業」が低調と言われる中で、神奈川県川崎市宮前区のNPO法人「すずの会」の活動が注目される。住民ボランティアが様々な地域支援活動を繰り広げ、総合事業の柱のひとつ「一般介護予防事業」にも乗り出した。同事業は、高齢者の誰でもが参加でき、市区町村自治体が独自の基準を設ける。

緊急事態宣言の解除後に再開した「すずの家」。来訪者が集まり昼食を摂る。
すずの会の担い手は、支える高齢者たちとほぼ同じ年齢の約60人のボランティアたちである。活動拠点は2階建ての民家「すずの家」。水、土曜日に10人ほどの高齢者たちが集まる。雑談しトランプに興じ、昼食を摂って夕方前には帰宅する。風呂場で入浴を楽しむ人も。自主的な「ご近所デイサービス」である。
コロナ禍での緊急事態宣言時には閉じた。だが、30人ほどの利用者たちに、電話で体調をチェク、気遣いを続けてきた。弁当を作り、受け取りに来てもらう。「運動も兼ねた外出です。閉じこもりを防ぐためにも」と同会代表の鈴木恵子さん(74歳)。歩行が難しい人には弁当を届けた。

「すずの家」の前で「すずの会」代表の鈴木恵子さん
それでも、一人暮らしで心配な人がいる。そこで鈴木さんは決断した。「特別に、ここに来てもらいましょう」。3人が来訪し、認知症が進みだした女性が後で加わる。感染対策に配慮しながら、緊急事態宣言が解除された3月中旬まで4人が通い続けた。
勇気ある決断だった。決断を促したのはボランティアの厚みだ。介護の資格者が多い。社会福祉士が4人、介護福祉士は5人、ケアマネジャーは3人、ヘルパー研修修了者は22人にものぼる。鈴木さんも社会福祉士とケアマネジャーである。入浴介助ができることでも同会の力量が窺える。
96歳の男性高齢者はすずの家での入浴を楽しみに週2回通っている。加えて毎週木曜には、同会から来る有償ボランティアに洗濯や掃除、それに生協の食品カタログからの注文を頼む。訪問リハビリや訪問診療も受けており、いずれも鈴木さんたちが体調や気持ちを推し測り、相談しながら決めた。介護保険のケアマネジャーや地域包括支援センターに匹敵する活動といえるだろう。
「すずの会」は鈴木さんがPTA仲間と共に26年前に立ちあげた。寝たきりの実母の介護を自宅で約10年体験、「近所の手助けがあれば在宅介護が続けられる」との思いから周囲に声をかけた。
活動は実に多岐にわたる。川崎市の「いこいの家」を使ったミニデイサービス。気になる人の支援者を図示した「地域マップ」作り。道路に面した敷地内に木製の手作りベンチを置く「ちょこっとベンチ」活動。
ユニークなのが「ダイヤモンドクラブ」の開催。ご近所さんが知り合いになるための「お茶会」だ。そして極めつけは「野川セブン」の定例会である。医師、薬剤師、ケアマネジャー、宮前区役所、社会福祉協議会、老人会、介護事業所など介護関係者を集め毎月開く。本来は行政が地域ケア会議として招集するものを同会が主宰。住民主導のネットワーク会議である。
いずれもボランティア活動だ。しかし、すずの家を運営するために初めて川崎市の委託事業にのった。月10万円の家賃の支払いや後継者の育成などを考慮してのことだ。
その一般介護予防事業を川崎市は「住民主体による要支援者等支援事業」と名付けた。9団体が参加している。長時間で、なお入浴介助まで手掛けるのはすずの会だけ。同会への委託金は2018年度に約274万円、2019年度は約247万円にのぼる。他の8団体より断然多い。全国的にもこれだけの金額に達するのは珍しい。
厚労省は、行政や専門家に地域のネットワークづくりを呼び掛けているが、ここでは住民が行政や専門家を巻き込んでいる。同会の活動は住民主体の「地域包括ケア」そのものと言えるだろう。
浅川 澄一 氏
ジャーナリスト 元日本経済新聞編集委員
1971年、慶応義塾大学経済学部卒業後に、日本経済新聞社に入社。流通企業、サービス産業、ファッションビジネスなどを担当。1987年11月に「日経トレンディ」を創刊、初代編集長。1998年から編集委員。主な著書に「あなたが始めるケア付き住宅―新制度を活用したニュー介護ビジネス」(雲母書房)、「これこそ欲しい介護サービス」(日本経済新聞社)などがある。