“直前防止策”偏重是正を
■職員が近くに居ても転倒はほとんど防げない
まず、2年前に行った転倒防止実証実験についてお話します。介護職員がすぐ近くに居て転倒事故が起きると、「職員が近くに居たのだから防げたはずだ」と家族から主張されて過失認定をされてしまいます。
それを疑問に思った私たちは、2つの実験を行いました。1つは、職員が付き添って歩行介助をしている時に、ふらついた利用者をどれくらい支えられるかの実験です。結果は、36%の防止率でした。次に、車椅子から突然立ち上がって転倒する利用者に、1.5メートルの距離から駆け寄って、どれくらい転倒を防げるのかを実験しました。結果は、23%の防止率でした。つまり、職員がそばに居ても7割の転倒は防げないことが分かったのです。
それでも「もっと見守りを強化する」と言って職員の手で防ごうとしていたのです。これでは介護職員は体がいくつあっても足りませんし、本来過失の無い防げない事故まで責任を負わされてしまいます。そこで、私たちはまず問題点を整理して、新しい発想で転倒事故防止対策を考え直すことにしました。
■従来の転倒防止対策の問題点
従来の転倒防止対策の一番大きな問題点は、全ての転倒事故を防ごうとしていたことです。本来法的にも防止義務が無い転倒事故は、後回しにして防ぐべき法的義務の大きい転倒事故にシフトすべきなのです。
そこで、私たちは転倒を防止義務の大きさで、「直接介助中の転倒」「間接介助中の転倒」「自立歩行中の転倒」の3つに区分し、防止対策の優先順位を変えることにしました。直接介助中とは身体を密接させる身体介護のことで、間接介助中とは見守り中の転倒のことです。当然直接介助中の転倒は防止義務が重く、自立歩行中の転倒は防止義務がないことになります。
次に「介護職のミス」と決めつけていた転倒事故の原因を、「利用者側の原因」「介護職側の原因」「介助環境の原因」というように、3つに分けて分析することにしました。すると、ふらつきの原因になる血圧降下剤も転倒事故の大きな原因ですし、移乗介助がやりにくい古く安全機能の低い車椅子も転倒事故の原因になっていることが分かりました。
■損害軽減策も効果が高い
3つ目の問題点は、「見守り強化」と言って全ての転倒事故を介護職員の手で防ごうとしていたことです。本来事故防止対策は、次の3種類の方法をバランスよく使い分けなくてはなりません。
(1)未然防止策‥事故の根本原因を除去する最も効果の高い対策
(2)直前防止策‥事故が起きそうになった時その場で職員の手で防ぐ対策
(3)損害軽減策‥未然に事故を防ぐのではなく事故が起きてもケガをさせない対策
このように考えると、従来の転倒防止対策は(2)の直前防止策に偏り過ぎており、未然防止策と損害軽減策をもっと考えなければなりません。
例えば、ふらつきの原因となる血圧降下剤や向精神薬を見直すことは、未然防止策として非常に高い効果があります。そして、転倒しても骨折しないように、衝撃吸収マットをベッド脇に敷く、大腿骨を保護するパッドを使う、というのも効果が高いことがわかりました。
このように、職員の手では防げないことを前提に防止対策を見直してみると、従来とは違った対策が浮かんで来るのです。弊社ではこの新しい転倒防止対策を動画セミナーで配信していますので、まずは抜粋版をご覧ください。
安全な介護 山田滋代表
早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険株式会社入社。2000年4月より介護・福祉施設の経営企画・リスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月より現株式会社インターリスク総研、2013年4月よりあいおいニッセイ同和損保、同年5月退社。「現場主義・実践本意」山田滋の安全な介護セミナー「事例から学ぶ管理者の事故対応」「事例から学ぶ原因分析と再発防止策」などセミナー講師承ります。