ゴールデンウィークの最終日。体調不良で念のために休診となった主治医の訪問診療の代診で、90歳の女性と出会った。

 

 

自宅で編み物教室の先生をしながら肝臓の病気で長く通院していた彼女は、肝硬変が進行し通院が困難になり、1年前に当院の訪問診療が始まった。当初は肝不全で緩和ケアを、というニュアンスだったが、在宅療養にて腹水や浮腫は徐々に消失、全身状態も改善してきた。

 

 

現在は、週3回のデイサービスを利用している。

しかし、彼女はそこでただ時間が過ぎるのを待っているほどおとなしい人ではなかった。デイで車いすに乗って下を向き、目を閉じたままの利用者が目の前に。もともと人と交流するのが好きな彼女。なぜ目をつぶっているの?と無邪気に問いかけると、その人は目を開いた。これまでデイではずっとそうしていた人だが、彼女が声をかけたことで、会話が始まった。

 

「実はとても素晴らしい人でね」と彼女は言う。立派な仕事をしていたご主人とずっと一緒に暮らしていた。一人暮らしになって、ここで平日の昼間を過ごすことになった。なんの目的もなくデイに来て一人で殻に閉じこもっていたけど、彼女の声掛けをきっかけに対話が始まった。いまは彼女の大切な友達の一人になっているのだという。

 

 

その人に限らず、デイでは何もせずにじっとしている高齢者が多いことに気がついた彼女は、ある日、デイで編み物教室を「再開」した。最初の生徒は、脳梗塞後遺症で左半身麻痺の女性。
編み物を教えてほしい、と依頼する彼女に、周囲は編み棒を持てないのに編み物なんて無理、と思っていたという。

 

 

しかし、彼女はいろいろと考え、動かない左手の指を使って、右手だけで網目を作る方法を伝授。そして編み棒を左の腋下に挿して固定できれば、右手だけでも編み物はできることを証明して見せた。

「ベッドの上でじっとしているのがもったいなくて」数年前に下ろした編み物教室の看板をもう一度上げてみようかと考えているという。彼女のご家族が、そんな言動にドキドキしているのが手に取るようにわかったが、人生に目的を持てることは素晴らしいこと。指先さえ動かせればできる仕事。環境さえ整えれば、いまの身体機能でも十分に可能だ。それが本来の彼女の居場所であり、役割なのだと思うし、きっと彼女は人生をあきらめかけていた多くの同世代を幸せにしていくに違いない。

 

そして、それが彼女にとっての生きがいになれば、それは社会的のみならず医学的にも彼女をよりよく、より長く生かすことになるはずだ。

 

 

4万3391人の日本人成人を対象に行われた研究では、生きがいがない人は、生きがいがある人に比べて全死亡のリスクが1.5倍と非常に高くなることが明らかになっている。救命救急を除き、生きがいを持つことほど効果のある治療法はないだろう。

 

 

 

多少のリスクがあっても、コミュニティの中に居場所と役割があること、そして生きがいを持つこと。
医療や介護の本当の仕事は、その人の生きがいにつながる強みを発揮できる環境を整えること。それができれば、その人は、必要な支援を得ながらも、自分の選択した生活・人生を最期まで楽しむことができるのだろう。

 

 

 

今日は代診としての訪問。彼女とはもう二度と会わないかもしれないけれど、連休の最後に大きなエネルギーをもらえたような気がする。

 

 

佐々木淳 氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

 

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