一人ひとりが「災害」の意識を

 

感染拡大が止まらない。
2021年8月17日時点の東京における新型コロナの在宅療養患者は2.2万人。入院調整中が1.1万人。ワクチン未接種の若年層を中心に急激な感染拡大が生じ、そして感染者の絶対数の増加に応じて若年層の重症者が増加している。

 

 

現在、首都圏のコロナ病床は重症者ベッドを含め完全にオーバーフローし、救急車を呼んでもどこにも搬送できない、重症者でも入院できない状態が常態化しつつある。

 

 

そのような状況を受け、医療法人社団悠翔会は東京都医師会との委託に基づき、8月11日正午より在宅コロナ患者に対する医療体制強化への取り組みを開始した。医療支援が必要だが、地域医療機関で対応できないケースを私たちがバックアップ(往診・オンライン診療)するという仕組みだ。悠翔会の在宅診療チームは、この1週間で保健所から約100件の対応依頼を受けた。そして厳しい現状を目の当たりにすることとなった。

 

 

動脈血酸素飽和度90%で3日間苦しんでいた一人暮らしの人、強い消化器症状で5日間食事ができないままに赤ちゃんに授乳を続けていた人、酸素飽和度が85%で救急要請、しかし搬送先が見つからず救急車内の酸素投与でしのぎながら、結局在宅酸素で自宅療養を続けている人、家族全員がコロナに感染し孤立している一家……これは本当に日本なのか?

 

 

基本的に中等症以上は入院とされているが、私たちが対応したケースのうち、軽症患者は15%に過ぎない。34%が中等症Ⅰ(呼吸困難・肺炎があるが酸素飽和度は93%以上)、36%が中等症Ⅱ(酸素飽和度が93% 未満で酸素投与が必要)、そしてなんと15%は重症(酸素飽和度が90%未満)。

 

 

実に85%が入院適応にもかかわらず、在宅での療養を強いられている。そして、前述の通り、中等症や重症の中には、救急搬送を試みるも搬送先が見つからず、救急隊から診療を引き継いだケースも複数含まれている。24時間以内に入院できた人はわずか3件のみ。44%が在宅で酸素・ステロイドの投与を開始している。

 

とても残念なことに、コロナと戦いながら自宅で亡くなられた方もいる。早い段階で入院し、抗ウイルス薬と人工呼吸器があればきっと救えたはずだ。在宅でできる治療は限られている。高度医療につなぎたくてもつなげない。無力感に襲われる。これは、そうだ。いまから10年前、大津波が生み出した巨大ながれきの前で、何もできずに、ただ目の前で命が失われていく。まさにその時の感覚だ。

 

 

在宅でこれ以上の治療は難しい。入院の依頼をかけるが、もし、入院するまでの間に病状が悪化していく場合は、見通しは厳しい。救急車を呼んでも搬送できない可能性が高い。最悪の状況が起こる可能性があることを理解しておいてほしい。

 

 

私たちは在宅でコロナの患者さんを診察するとき、こんな説明をするようにしている。在宅医にとって看取りは仕事の1つだ。しかし、相手は寝たきり高齢者や末期がん患者ではない。先週まで普通に仕事をしていた基礎疾患のない30代なのだ。生来健康な若者とその家族に死の覚悟を求める。これは異常事態だ。

 

 

新型コロナ感染症の重症化は発症から10日〜2週間後。つまり、いま重症化しているのは、8月の上旬、東京都の新規感染者数が2000人を超えたあたりで発症した人たちだ。今東京では連日4000人を超える新規感染者が報告されている。単純に考えれば、2週間後には、今の2倍の重症化したコロナ患者が自宅で過ごしているということになる。これは非常に危機的な状況だ。そして課題は病床の逼迫だけではない。

 

 

2つのものが決定的に不足する。そしてそれは多数の凄惨な在宅コロナ死を生み出すことになる。
1つは在宅医療を提供する医療専門職だ。
在宅医療の業界はもともと人手不足だ。ここに在宅コロナ患者の療養支援という仕事がアドオンされたことになる。私たちは都内にいる20人の常勤医師が1人で2人までコロナ患者の往診を担当することとしている。最大で1日に40人に対応できる計算になる。しかし、実際には往診依頼件数には地域差があり、一部の医師に過剰な負担がかかっているという現状がある。

 

そのために、通常の訪問診療の継続にも支障が出始めている。
そこで、私たちは来週から、コロナ往診専従チームを2つ組成し、より多くの患者さんにより効果的に往診できるよう準備を進めている。しかし医師1人が1日に訪問できるコロナ患者は多くても15人。1万人を超える在宅待機者の絶対数を思うと、そして2週間後にこれが倍増していることを考えると、あまりにも非力だ。

 

 

そしてもう1つは酸素濃縮器だ。
中等症Ⅱ以上になると、低酸素血症を改善するため、酸素投与が必要になる。そのための機械が酸素濃縮器だ。1台の酸素濃縮器で1人の患者に酸素を投与することができる。しかし今、新型コロナ肺炎の増加に伴い、この酸素濃縮器が急激に不足しつつある。

 

東京都が準備した500台の酸素濃縮器はすでに枯渇、今は民間の酸素供給業者に酸素濃縮器の手配を依頼しているが、在庫ゼロという業者も増えてきている。
もし、呼吸困難の患者に酸素投与ができなければ、その患者は苦しみ続け、そして最終的には低酸素血症で死に至ることになる。もし、機械が手配できなければ、もしかするとモルヒネで息苦しさを緩和し、穏やかな死をサポートする以外の選択肢がなくなってしまうかもしれない。

 

 

第5波のこれから先の本当のピークを乗り切るために。

 

 

私は在宅医療だけで対応していくことは不可能だと思う。医師も足りないし、酸素も足りない。この状況でコロナによる「救えたはずの命」を1つでも多く守るために、残された方法は1つしかないと思う。中等症以上の患者に対し、「医療避難所」を開設することだ。

 

 

この新型コロナパンデミックは文字通りの大災害だ。災害時は安全確保のために直ちに避難所を開設し、支援が必要な人たちを速やかに受け入れ、日常生活に戻れるまでの間の支援を行う。どうして、このコロナ災害でこれをやらないのか。

 

 

各地域の中学校の体育館を医療避難所にする。看護師を常駐させ100床のベッドを配置する。施設全体を陰圧にし、集合的・効果的な酸素・ステロイドの投与と確実な安全管理を行う。往診なら医師1人で1日15人が限界だが、これなら1日で100人、複数施設を「回診」すれば1日で300人程度に医療提供が可能になる。このような医療避難所を30ヵ所開設すれば、3000人の中等症以上の患者をケアできる。もし、抗ウイルス薬や抗体カクテル療法が施設で実施できれば、単に入院を待つだけではなく、重症化を抑制することもできる。

 

 

第5波の本当のピークは2〜3週間後に迫っている。早急に重症化リスクの高い患者を安全かつ効果的にケアできる仕組みを作るべきだ。
そして、この津波の高さを規定するのが、一人ひとりの感染拡大防止に対する意識とワクチン接種率だ。
非常事態宣言に慣れ切った東京都民は、もはや密を恐れない。居酒屋も政府の指示には従わない。ワクチンのデマを信じて忌避する若者も多い。しかし、これらは明るい未来を遠ざけてしまう。

 

 

政府によれば11月までに希望する全国民が2回のワクチン接種を終えられるようにするという。あと3ヵ月だ。これまで1年半がんばってきた。あと少しで日常が戻ってくる。でも、その時に大切な人がこの世にいない。そんな悲しい思いをする人を1人でも少なくするために。今一度、1人ひとりが気をつけなければならないことを思い出してほしい。

 

佐々木淳 氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

 

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