新型コロナ在宅療養の現状
〝患者の安心〞は善意任せ?
原則入院であった新型コロナを、原則自宅療養にしたのには3つの理由があると思う。
感染者の多くは軽症で経過し入院レベルの医学管理を必要としないこと、重症化のリスクの高かった高齢者や基礎疾患のある人たちのワクチン2回接種がほぼ完了したこと、そして、病床の逼迫により、ハイリスクの人が入院できない実情を正当化すること。
この8月は特に入院が難しかった。酸素吸入が必要なレベル(中等症Ⅱ以上)の人たちが入院できなかった。酸素飽和度が85%未満の重度呼吸不全で救急要請をしても、3時間以上搬送先が見つからず、救急車の酸素が枯渇し、救急隊から在宅医療に引継ぎの依頼が入ることも複数回あった。
下がらない高熱、止まらない咳、激しい嘔吐と下痢、そして低下していく動脈血酸素飽和度。軽症で踏みとどまれるのか、それとも重度化していくのか、そんな不安の中で自宅療養を強いられる人が、都内だけで一時は4万人を超えた。
感染者の自宅に往診すると「見捨てられるのかと思った」、「これは在宅療養というより在宅放置だ」、そんな厳しい意見を多くいただく。在宅療養者の健康観察を担う保健所は、新規感染者の対応で忙殺され、その機能はパンク寸前だ。
1日1回の安否確認をなんとかやっている、というのが実情だと思う。その中で、なんとかリスクの高い人たちを拾い上げ、医療につなごうとしてくれている。
しかし、保健所から対応依頼を受けた地域の医療機関の多くは、その時だけの関わりだ。往診してみると、中には既にオンライン診療で制吐剤が処方されている、夜間の往診専門サービスから解熱剤が渡されている、そんなケースもある。
しかし、薬がきちんと効いているのか、症状は改善しているのか、ほとんどフォローされていない。病状が悪化すれば保健所は再び対応してくれる医療機関を探すことになる。日頃から訪問診療を通じて、継続的・計画的な医学管理を提供している我々からすると強い違和感がある。
患者のニーズは「診療」そのものではない。療養期間中の安心と安全であるはずだ。診療を担当した医療機関は、その患者が軽快または入院によって在宅療養を終了できるまで、責任をもってフォローすべきではないか。
医療機関の多くが、なぜそれをしないのか。
1つは、新型コロナ患者に対する診療(往診・オンライン診療)へのインセンティブが出来高制であること。そして、このインセンティブは、その診療が保健所からの依頼でなければつかないこと。
もう1つは、フォローアップや24時間対応には評価が発生しないこと。悠翔会では、例えば中等症以上の患者には1日2〜3回の電話での体調確認を行う。そして24時間いつでも連絡が取れる体制を確保している。しかし、ここには診療報酬は発生しない。もし、そこで異常を察知し往診しても(保健所からの依頼を経由してないので)インセンティブはつかない。
つまり、患者の安心・安全を思い、やるべきことをやろうとすれば損をする仕組みになっているのだ。実際、悠翔会では、これらの体制確保のために3ヵ月で1200万円の赤字を見込んでいる。
今後もコロナとの共存は続く。在宅療養を強いられる患者もいるはずだ。その時に、最適な医療を持続可能な形で提供するために、「在宅入院」という考え方を採用してはどうか。
つまり、オンライン診療や往診など、連続性のない都度払いの医療でお茶を濁すのではなく、療養期間中、医療的ケアが継続的・計画的に行われる環境を確保する、ということだ。
海外においては、在宅入院は一般的だ。肺炎や尿路感染などの急性疾患の治療、術後の管理、産前産後の管理、がんの化学療法や輸血、1日で完結しない急性期医療を自宅で提供するために、集約的な医療的ケアが必要な期間を「在宅入院」とし、その間は、主に訪問看護師と医師により毎日の医療的ケアが提供される体制となっている。
新型コロナの場合、入院すると概算で1泊あたり軽症5万円、中等症10万円、重症だと15万円の医療費が発生する。ホテルなどの宿泊療養の場合、医療以外の部分だけで1泊あたり2万円程度の公費が投入されている。たとえば、コロナ患者の在宅療養期間中、これを在宅入院として、その医療費に1泊1〜2万円程度を設定するのは過剰だろうか。
在宅療養を強いられているのは、運悪く入院も宿泊療養も許されなかった人たちだ。その上で、さらにまともな医療的ケアも受けられないなど、そんな不平等は許容されるべきではない。必要最低限の医療提供体制を担保するためにも、それが安定的に提供できる制度と適切な報酬の設定が必要だ。
そして、もし、この在宅入院がコロナに限らず、二次救急レベルの急性期医療の選択肢の1つとして機能すれば、医療費の削減にもつながるかもしれない。特に若い世代の患者であれば、スマホやICTを活用し、より効率的な在宅医学管理もできるかもしれない。
新型コロナの感染拡大で意図せず強いられることになった急性期在宅医療。
単に「あの時は大変だったね」ではなく、この経験を、「在宅入院」という新しい急性期医療の選択肢を考える機会にすべきではないだろうか。
佐々木淳 氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。