〝プライマリケア〞考える契機に

 

新型コロナ対応で露呈した「かかりつけ医」の機能不全

コロナ禍における地域医療の混乱。最大の要因は「かかりつけ医」の機能不全だったのではないだろうか。

 

第1波、新型コロナウイルスがまだ「未知のウイルス」とされていた時、それでも感染から身を守るための合理的な方法は存在していた。かかりつけ医が機能していれば、インフォデミックで誤った情報が飛び交う中、家族単位で感染予防と発熱時の対応について個別に啓発ができた。
また発熱患者についても、その患者の基礎疾患や接触歴を把握していれば、その原因疾患について合理的な臨床診断ができたはずだ。発熱患者は病院を受診する前に3日間の在宅経過観察が指示されていたが、かかりつけ医がいれば臨床診断に基づいた最適な治療、または心理的支援を行い、患者を3日間も孤独と不安に曝すことはなかったはずだ。

 

ワクチン接種においては、インフルエンザの予防接種で毎年そうしているように、それぞれ担当患者に計画的なワクチン接種を実施すればよかったのではないか。インフルエンザワクチンは、地域の開業医によって毎年3ヵ月程度で4000万回の接種が行われている。コロナの接種回数はこの4倍以上、確かに通常診療を制限しなければならないかもしれない。しかし、つながらない電話で予約をさせて、市民会館に集合させる手間を考えれば、患者にとってはその方がよっぽど容易ではないか。病状の安定した慢性疾患の患者の平均外来診療間隔を一時的に2倍に(例えば隔週から月1回診療に)するだけでワクチン接種枠を捻出することは容易だ。ワクチン接種のインセンティブを考慮すれば、減収どころか増収にもなっていたかもしれない。

 

そして第4〜5波における感染爆発。病床に収容しきれない中等症以上のコロナ患者を在宅で経過観察せざるを得ない状況となった。かかりつけ医のない20〜50代の若いコロナ患者たちは、保健所以外の相談窓口を持たない。持病に重度の糖尿病があることを知らないまま高用量のステロイドをオンライン診療で処方されている患者もいた。急速な動脈血酸素飽和度の低下に救急要請したものの搬送先が確保できず、特定の主治医を持たぬまま在宅酸素で入院までの時間を過ごしていた患者もいた。

 

かかりつけ医がいれば、とりあえず電話で相談・指示を仰ぐことができたはずだ。日頃の患者の持病や臓器の機能を把握した上で、適切な薬剤をオンラインや電話で処方することができた。そして必要があれば自宅に往診し、必要があれば入院につなぐこともできた。少なくとも「在宅放置」にはならなかったはずだ。

 

確かに病床の確保も重要だ。しかし病院はあくまで「最後の砦」。最前線を担うのは地域のかかりつけ医によるプライマリケアであるはずだ。最前線が戦いを放棄すれば、砦の崩壊は防げない。
ソロプラクティスの診療所では、一人院長が感染または濃厚接触すれば診療機能が一定期間停止してしまう。開業医の高齢化も進んでいる。感染症診療の最前線には立たない方がいいかもしれない。そんなかかりつけ医側の立場ももちろん理解できる。

 

しかし地域医療は、医師の個人事業である以前に住民の命を守るインフラである。英国のかかりつけ医制度は、一人の「かかりつけ医」の選択から「かかりつけクリニック」の選択へ、そしてクリニックも複数医師による運営、地域連携による24時間対応体制へとシフトしている。

 

かかりつけ医には、かかりつけの患者とその家族を守る責任と義務がある。日本でも、「一人だからできない」ではなく「どうしたらできるか」を議論すべき時ではないだろうか。
日本にはかかりつけ医を持つという制度はない。保険医療機関には病気がなければかかれない。特に持病のない若い患者は健診やワクチン接種を除き、保険医療機関との接点はほとんどない。保険医療機関は、地域住民が病気になるのを待ち、病気になって初めて固定顧客としてフォローを開始している。

 

私が院長を務める在宅医療専門クリニックは地域のコロナワクチン難民を多数受け入れた。かかりつけ医のつもりで受診したのに「定期的に受診しないのはかかりつけ患者ではない」と他院でワクチンの予約を断られたという地域住民が少なくなかった。
かかりつけ医は持病がなければ持てないのか。かかりつけ医というのは、何か困った時にいつでも相談できる医師ということではないのか。日本に本質的に足りないのは、制度というよりは、医師側の地域ニーズに対する鈍感さなのではないだろうか。
日本の出来高の保険制度の中で、かかりつけ医を定義するのは容易ではない。

 

 

しかし持病がなくても相談できる医療機関が身近にあれば、そして、その医師がかかりつけ医としての気概を持って対応してくれれば、このような非常事態においても、多数の地域住民が路頭に迷うことは少なくともなかったと思う。

 

医師法第一条にはこうある。
「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする」
医師の仕事はあくまで「健康な生活の確保」であり、保険医療はそのための手段の1つに過ぎない。特に生活に近いところで患者と関わる地域医療の担い手には、かかりつけ医として、保険医療に留まらない地域住民・患者・家族との関わりが求められるのではないか。

 

新型コロナは、国民に医療の在り方を改めて考えさせる大きなきっかけになったと思う。特に在宅医療については、その存在がこれほど政治家やマスコミによりクローズアップされることはこれまでにはなかった。この関心の高まりと明瞭になった地域のニーズに対し、地域医療機関は、在宅医療を含む地域プライマリケアにおける自らの役割を再定義していくことが求められるのではないだろうか。

 

佐々木淳 氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

 

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