感覚を確かなカタチに 〝優しさ〞を見える化

 静岡大学の石川翔吾先生たちのチームは、「コンピューターの力を使って新しい価値を創造する」として、全国の介護施設や病院と共同研究を続けている。ケアの達人の頭の中を直接観察することはできないが、情報技術の力を使うことで、彼らが何を見て、どう考え、どう動いているかを現場の誰もが〝見える〞ようにしたいという。テクノロジーがもたらす新しい可能性が、また一つひろがりそうだ。

 

 

静岡大学 情報学部 情報科学科助教 石川翔吾先生
提供:静岡大学

 

 

――先生のご専門は情報学ですが、介護や医療分野の研究をしようと思われたのはなぜですか?

もともと子どもの発達について研究していましたが、7、8年ほど前にフランス生まれのケアメソッド「ユマニチュード」を知り、情報学や人工知能学を認知症関連の研究に役立てたいと思ったのが始まりです。

 

一般に、ケアの現場では、〝優しさ〞や人としての〝尊厳〞が大事だとよく言われます。でも、そういう抽象的な感覚を具体的なケア行為に反映させていくことは難しく、ケアの実践はどうしても経験的なノウハウに頼らざるを得ません。一方ユマニチュードでは、「優しさ」を伝えるための「見る」「話す」「触れる」といった動作が技術として体系化されています。認知症の方とコミュニケーションできないのはスキルがないからだ、と明確に言っているんですね。

 

 

たとえば、認知機能が低下した方と接する際はその目線を正面から20㎝くらいの距離で捉えて「見る」をしなさい、といった技術的な要素がある程度決まっているので、かなり情報学的なアプローチがしやすいんです。〝優しさ〞 を技術で表現できるんだ、ということが面白くて、それを情報学的に解析することでユマニチュードのケアの有効性が評価できそうだ、ということで、日本でユマニチュードを推進する東京医療センターの本田美和子先生たちとの共同研究がスタートしました。

 

 

 

――コミュニケーションを「見える化」させるツールも開発されているとか?

ユマニチュードのインストラクターへの聞き取りをもとに、ビデオカメラで撮影したケア映像から情報を解析する「認知症ケア評価システム」を作りました。

映像の中から「相手を正面から20㎝以内の距離で見つめる」、「ネガティブな言葉を使わず話しかける」、「親指は使わず手のひら以上の面積でゆっくり触れる」というユマニチュードの技法に沿っている動作をそれぞれ「見る」「話す」「触れる」というポイントとして抽出し、これを正解情報として記述して作成したデータをコンピューターに読み込ませることで、映像の中の動作を自動で判定し、ケアの効果を評価できるようになります(図)。

 

(図)映像と連動しており、メーターの幅が広いほど、それぞれの動作ができていることを示す。
(提供:静岡大学)

 

 

コミュニケーションの技法を「見える化」することで、たとえば、約12分間の口腔ケアのうちの35〜50%でユマニチュードのインストラクターが「見る」「話す」「触れる」のスキルを活用できていたのに対し、従来型のケア従事者が「見る」と「触れる」に費やした時間はゼロ、といったように、ケアの効果を計測し、数値としてフィードバックすることができるようになりました。

 

 

 

データをケアに活かす

 

――「介護の達人」と言われる加藤忠相さんが代表を務める「あおいけあ」(神奈川県藤沢市)ともコラボレーションされています。

はい。加藤さんたちのように、利用者さんの力を創造的に引き出すような関わり方や復帰支援ができている施設のアセスメントを参考にすることで、もっと個々の人に合ったケアのヒントが見つかるのでは、と気づき、記録の特徴をAIで「木の形(ツリー構造)」に可視化するという仕組みを作りました。

 

その結果、あおいけあでは、日々変動するA D L(日常生活動作)情報よりも、性格や食べ物の好き嫌い、趣味など、どちらかというと変わらない、その人の〝パーソナル〞な情報をかなり重視していることが明らかになりました。こうした部分を記録として残しアセスメントするのがとても大事なんだ、ということがよくわかったんです。

 

ほかの施設で同様のデータを作り、あおいけあのデータと比較したところ、「あら、この情報じゃ全然ケアできないね」みたいなことになりました。そこで、ケアに結びつくようなパーソナルな情報の積み上げを意識してもらい、2ヵ月後に再び調べてみたら、その辺のデータが膨大に増えていました。

 

 

 

――それは素晴らしい。多くの施設で活用できそうですね。

僕たちも初めはそう思いました。でも、話はそんなに簡単にはうまくいかず、さらに2ヵ月後にもう一度行ってみたら、元に戻っていました( 笑)。やはり日々の記録づけが面倒で、元の習慣に引き戻されてしまうようなんですね。ただ皆さん仰ったのは、「『当事者の視点で考える』ことの意味はすごく刺さった」と。教育的な介入も大事ですが、それを実践していくためのシステムも同時に作っておかないと、学んだことが継続できないんだな、と痛感しました。

 

ですから、今そのシステム作りを頑張っているところです。データを使ってケアの環境を良くしていくというのがどういうことかを整理して、記録とケアとアセスメントが有機的につながり回っていくような「エビデンス・ベースト・ケア・システム」のサイクルを提供できるようになりたい、というのが短期的なゴールです。

(後編に続く)

聞き手・文 八木純子

 

 

 

 

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