早死には延命治療よりも医療費がかかる

数年前、落合陽一氏と古市憲寿氏という二人の若いオピニオンリーダーによる対談が物議を醸したことを覚えておられる方はいるだろうか。

 

高齢者が人生の最終段階で延命治療を選択することで多額の医療費が消費されている、終末期医療は全額自己負担にすべき、という内容であった。生涯医療費の約半分が亡くなる前の1ヵ月で使用されているということを経産省の上級官僚がまことしやかに講演で述べられているのを聞いたことがある。また、日本の平均寿命が長いのは、人生の最期の数年を延命治療で支えているからだ、という都市伝説を信じている方も少なくないだろう。

 

これらは真実ではない、ということを示す論文が11月5日、JAMAに発表された。

 

奈良県の健康保険・介護保険のデータをもとに、2014年4月〜18年3月に死亡した75〜109歳の患者3万4317人の最期の1年の医療費を分析した研究だ。結論からいうと、高齢になるほど医療費の支出が少ない。死亡前30日間の医療費を年齢階級別に見ると、75〜79歳で81万円、80〜84歳で71万円、85〜89歳で61万円、90〜94歳で50万円、95〜99歳で42万円、100〜104歳で35万円、105〜109歳で32万円と見事に漸減していく。

 

また、死亡前1年間の全患者における入院患者の割合も、年齢が高くなるにつれて減少しており、75〜79歳では94.7%が入院を経験しているのに対し、105〜109歳では約半数は入院をしていない。

 

ここから見えてくることが2つある。
1つは、高額医療の受益者は、実は若年世代ということだ。少なくとも平均寿命を超えている人ほど、それ未満の人よりも医療を使っていないことは一目瞭然。確かに、中には人生の最期をICUで高度医療を受けながら一千万円以上の医療費を使う人もいるかもしれない。しかし、延命治療が医療費を逼迫しているという解釈は事実ではない。

 

もう1つは、100歳を超える高齢者はもともとギリギリまで元気に(医療に依存せずに)過ごしているのではないかということ。
平均寿命よりも手前で亡くなる人は、その死因は老衰というよりは何らかの疾患や事故であろう。本人も家族も頑張りたいと考える。

 

しかし積極的に入院治療しても、元通りに回復するわけではない。退院後は要支援・要介護状態で在宅療養を続けながら、急性増悪と入退院を繰り返し、身体機能・認知機能を低下させていく。そして、入退院を繰り返しながら、最後は病院で増悪した基礎疾患または肺炎などの感染症の治療をしながら亡くなる。望まぬ最期になってしまうケースも少なくない。いわゆる疾病モデルだ。経験上、このパターンで100歳を超えるケースは稀だ。

 

 

一方で平均寿命を過ぎても元気に過ごしている人も少なくない。多くは病気や障害があっても、老化のプロセスと認識する。そして衰弱が進んでも、本人も家族も天寿だとポジティブに受け止められる。半数が入院を選択したとしても、医療費は30万円台。10日未満の看取りのための入院か、あるいは訪問診療+時間外往診+看取り加算か、いずれにしても必要最小限の医療でケアが行えている。そして、おそらく多くは老衰モデル、穏やかな最期を迎えているのだろう。

 

 

人生100年時代、どうすれば後者のグループに入ることができるのか、健康寿命延伸の視点からさまざまな研究が行われている。しかし、病気や事故は完全に防ぐことはできない。遺早死には延命治療よりも医療費がかかる伝的素因には逆らえないし、認知症を含む慢性疾患の多くは、出生時の状況あるいは幼少期の環境によってその発症リスクが大きく左右されることも知られている。

 

どうすれば人生の最終段階を、疾病モデル(入退院の繰り返しと病院死) から、老衰モデル(穏やかな経過と在宅死)へとシフトしていけるのか。健康寿命延伸のみならず、健康寿命から先への心の備えと、それを支える仕組みづくりが、より重要なのではないかと思うし、それこそが在宅医療と介護が共有する社会的使命なのだと思う。
治らない運命が明らかになったとき、本人がより納得のできる生き方を選択した結果、医療への依存が大きく下がる。そんな社会を目指したいと思う。

 

年齢階層別の月間医療費の中央値
どの年齢層でも、死に近づくにつれ月間医療費は高くなる。年齢層が高くなればなるほど、年間医療費は低くなる。(縦軸・医療費(ドル(1$=120円)換算)、横軸・亡くなるまでの日数)

年齢階層別の入院患者の割合 高齢者の中でも年齢が若ければ若いほど、亡くなる前の1年間の 入院依存度が高くなる。そして死が近づくにつれ、入院の割合は高く なる。75~79歳は死亡前の1年間にほとんどが入院を経験するが、 105歳以上になると入院を経験するのは約半数。(縦軸は入院患者 の割合、横軸は亡くなるまでの日数)

 

 

 

佐々木淳氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

 

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