A I の泉に満ちる思い

AI(人工知能)やITを駆使して新たな介護・医療支援の形を模索する石川翔吾先生(静岡大学)。現在、画像診断の読影など、主に業務効率の向上を目的に活用されている「人間のようにふるまうAI」を超える「人間のように考えるAI」の構築を目指しており、今後両者の住み分けが進むと予測する。「心」という摩訶不思議な現象をテクノロジーが代弁できるようになる日が、いつか来るのだろうか。

 

 

ーー人間的な心を持つAIという発想は、SF的で実に面白いですね。

AIの父」と呼ばれるマーヴィン・ミンスキー先生によれば、人間には様々なレベルにおける「自分にとって望ましい状況= 目標」があり、現在の状況との「差分」を検出しては、それを減らすように動いているのだそうです。

 

たとえば、暑いときに汗をかく、服を脱ぐ、エアコンをつける、といった生理反応や行動は、「暑い」という現在の状況を快適で望ましい状態に近づけるために差分を減らすシステムだと。そして、認知機能の低下に伴って生じる妄想や苦しみは、この「差分を減らすための手段」の選択肢が減ってしまって心の不安が解消できない状態のアウトプットだというんですね。

それを踏まえると、不安を取り除くためには、その人の「差分」をどう捉え、それにどうアプローチするか、つまり「人間的な思考って何か」という観点からAIITの設計に入ることが大事だと思うんです。

 

 

確認でなく応援を

ーーそうしたコンセプトのもと、すでにツールを開発されているとか?

視空間の認識障害を持つYさんという女性のお出かけを支援する音声インタフェースを作ったことがあります。でも、「12時にマクドナルドへ行くので915分から支度を始めましょう」「あと5分で着替えを終わりましょう」といった音声アラートのアイデアをお出ししたところ、「こんなシステム使いたくない」と()。急き立てられている気がするらしいんですね。「確認じゃなくて応援してほしい」との意見に、発想の転換の必要性を迫られました。

 

そこで、自信を促し希望を後押しするという意味合いを込め、「Positive Encourager」を開発しました。普段着替えやメイクを手伝ってくれるパートナーさんに遠慮して自分の好みを伝えられない、というYさんに代わり、AIがパートナーさんに要望を伝えたり、Yさんに似合うメイクのパターンを提案したりするものです。

 

その結果、Yさんは気分がすごく乗った状態でお出かけできるようになりました。「困りごとの差分」ではなく「やりたいことの差分」を減らし、望ましい状況を拡張してあげるようなAI設計をすることで、より人間の考えに寄り添えるシステムができるんだ、と気づきました。

 

 

ーーこれからの社会に、AIはどんな形で関わってくるのでしょうか。

個人的に、A I I Tは、情報を掘り下げたり自分が苦手な部分を任せたりといった「拡張のためのツール」として考えていただくのが一番いいかなと思っています。たとえば、AIエージェントと「こんなこと思いついたんだけどどう思う?」なんてバーチャルにディスカッションしながら自分の思考を拡張していくことも、将来的にはたぶん可能になるのかな、と。

 

ただ一方で、データに基づいて判断するということは、結局データの枠組みから出られず、新しい「場」を作るのが非常に難しくなるという大きなデメリットも抱えます。常に自分の側にいて有用な情報だけを提示してくれるエージェントが実在のものになった時、その情報の真意や、そいつがハッキングされて、逆に自分の行動を操作されてしまうリスクの有無などが問題になるかもしれません。

 

「分ける」のない世界へ

ーーますますSFっぽくなってきました(笑)。先生を前進させる原動力と、これから取り組みたいことは何ですか?

あと二十数年後の社会に、子どもたちが親の世話に追われることなくちゃんと活躍できる場を提供できるようでありたい、という思いが「自分ごと」として強くあります。そうしたシステム作りのためのエビデンスを積み上げたいです。

 

 

もう一つは、やはり人間を理解したいということですね。昔からインクルーシブ教育に興味がありますが、全然〝インクルーシブ(共生)〞していない日本の現状にはかなり強い疑念を持っています。根底に、自閉傾向や知的障害を持つ人たちへの理解の欠如があるのではないでしょうか。

 

Positive Encourager: Yさんのやりたいことや好みをデータベースに登録し、AIに学習させるコミュニケーション・ツール(本人提供)

 

 

将来、みんながそれこそ心のプログラミングをしながらお互いのことを考えられるようになったら、「分ける」という世界観はなくなるんじゃないかと思うんです。お互いの行動を理解し、欠けている部分をカバーし合えるようになるために、Positive Encouragerのようなヒューマンインタフェースをデザインしていきたいと強く思います。

 

沖縄出身のこともあり、「沖縄学の父」とされる伊波普猷(いはふゆう)先生の「深く掘れ己の胸中の泉餘所たよて水や汲まぬごとに」という言葉が好きなのですが、これ、原典はニーチェで、要は「自分の心を追求することが大事」といった意味なんです。この言葉が日々刺さるのも、「心」について考えたいと思う自分とのつながりを感じるからかもしれませんね。

 

聞き手・文 八木純子

 

 

 

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