がん療法に新たな「光」
手術、抗がん剤、放射線、免疫療法に続く〝第5のがん治療法〞として注目を集める「光免疫療法(イルミノックス治療)」。
国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)で2018年から治験を開始し、20年9月、世界に先駆けて国内で承認され、「頭頸部の扁平上皮がん」に対する保険診療が可能となった。治療内容と効果について、副院長の土井俊彦先生に伺った。

国立がん研究センター東病院副院長
先端医療開発センター副センター長
先端医療科 科長
土井俊彦先生
抗体で見つけ、光で叩く
――がん光免疫療法とはどんな治療法なのですか?
がん細胞の表面には、EG F R というタンパク質( 抗原) が多く発現します。
光免疫療法は、この抗原にひっつく抗体と光感受性物質を結合させた薬剤を患者さんに点滴投与して、24〜48時間後にレーザーで光を当て、光が反応した部分のがん細胞を殺すという治療法です。
基本的には1 回投与して、患者さんの状態を見ながら必要があれば3、4週間後にもう一度投与する、という形で3回まで治療できます。通常入院は2、3日です。ここ東病院では、21年1月から12月までに6名の患者さんが治療を受けています。
690ナノメーターという波長の近赤外線光を使うんですが、体表面から1〜2センチメートルくらいしか届きません。光が当たらないと効果がないため、内臓は難しい。頭頸部のがんはもともとEGFRの発現も強く、治験で効果が認められました。現時点で治療できるのは切除不能の頭頸部がんだけですが、消化管(食道と胃)のがんに対する医師主導治験を現在実施中です。
将来的に、違う光を使えばもっと深いところまで届くかもしれないですね。
今は、皮膚表面より奥の腫瘍には、レーザー光を透過するストローみたいな樹脂ニードルを刺し、そこに光を照射するディフューザーを挿入して治療しています。
――治療の条件や副作用などの注意点はありますか?放射線などほかの治療法との併用は可能でしょうか。
現段階で光免疫療法は、放射線などの標準治療をすでに受けたことがあり、切除手術ができない人にしか行えません。がんが血管に浸潤している場合も、レーザーを当てて穴が空いたら大出血してしまいますから、この治療は避けます。
皮膚などEGFRが発現している部分に抗体がついてしまうと、光感受性物質が光に反応して正常な粘膜も同じように障害を受ける可能性がありますから、治療後は強い光や直射日光は避けてください。
抗体はじきにはがれて尿や便として出てしまうので、まぁ大体1ヵ月前後ですね。抗体独特の副作用として、湿疹が出ることもあります。
ほかの治療法との併用については、現時点では組み合わせた時の効果や安全性のデータが何もないのでお勧めできません。これについても治験を行なっているところですので、今後は可能となるかもしれません。
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薬剤投与の後、レーザー光を照射(提供 楽天メディカル)
――楽天の三木谷浩史社長から治験の依頼があったとのことですが。
「イルミノックス治療」は、米国立衛生研究所の小林久隆先生が開発した光免疫療法を基に楽天メディカルが開発した技術です。
小林先生と三木谷さんが会い、一刻も早く日本で臨床試験を、ということで、経験値が多いここに話を持って来られたんだと思います。
三木谷さんからのメールに「これこれこういう問題があるが、企業さんとしての対応はどうされますか?」と返事をしたら、楽天メディカルジャパンのトップの虎石貴さんが、「話を聞いていただけますか」とすぐ来られた。アクションが早いですよね。実際にアメリカで行われた治療のデータがかなり良かったので、やる価値はあると判断しました。
未承認の機器と薬剤を同時承認させるのは難しいのですが、楽天さんは普通の製薬会社さんと違ってマーケティングや輸送搬送に強いので、おそらくそれができたしコストも下がったんですね。
光免疫療法に使われる薬剤の「アキャルクス」と光レーザー機器は、日本中で、楽天が認定した施設でしか扱うことはできません。
がんを殺し免疫を活性化
――少し前に話題になった「免疫療法」とはどう違うのですか?
光免疫療法は、まずがん細胞を壊してその後に免疫を活性化する治療ですので、体内の異物を攻撃する免疫担当細胞を活性化させてがんを殺すという免疫療法とは意味が違います。
「光免疫」で検索すると、一部のネットなどでは「光だけを当てたら免疫が活性化される」というようなものも出てくるのですが、それとも全く違います。自由診療のいわゆる〝光免疫療法〞で、楽天さんや小林先生がサポートしているものはありません。
楽天さん自身も、患者さんが混同するといけないので「光免疫」という言葉を使わずわざわざ「イルミノックス治療」という新しい商標名をつけたんです。
一番いいのはがんだけ殺すことですが、光免疫療法なら、もしかしたらそれができるかもしれないですよ。それだけ効果がある治療法だと思います。
たとえば血液を採ってみて、「がんによるものかもしれない何か特殊なタンパクが上がってるね」ってなったら、そのタンパクに対する抗体を打って、日光浴したら治る、みたいにね。年に1回検診でサマーリゾートホテルみたいな所へ行って、光を浴びて帰ったら治ってるんだよね。
一部のがんには可能になってくるんじゃないですかね。そういうことが何年後かにできたらいいなと思いますがね。
(2月2日号に続く)
聞き手・文 八木純子