約10年前から身体拘束ゼロに取り組み始めた特別養護老人ホーム沼風苑(千葉県柏市)。
サービス管理担当の佐久間尚実氏と岡田麻衣子介護主任は「身体拘束がゼロになったのは、やっとここ2、3年です」と話す。2人に身体拘束ゼロへの道のりを聞いた。

サービス管理担当佐久間尚実氏

岡田麻衣子介護主任
佐久間氏によると、取り組み以前は、身体拘束が行われていた状況だったという。
認知症の人を「人」として尊重し、その人の立場に立ってケアを行う「パーソン・センタード・ケア」を学んだことがきっかけとなり、身体拘束ゼロを目指し始めた。
「今までは、始めからベッドに柵がついていたので何も疑問に思わなかったのですが、必要ないのに設置していたことに気がつきました。〝柵を取ったら困る〟とは、誰が〝困る〟のか、本当にそのケアが良いのかを考え始めました」と佐久間氏。
取り組みを始めるにあたり、入居者全員、一気になくすのではなく、1人ずつ身体拘束を解消していった。
例えば、体をかいてしまうためミトンをしていた入居者の場合、なぜかいてしまうか、どのように体を傷つけてしまうかを観察。皮膚の乾燥を防ぐため、石鹸で洗いすぎない、薬を塗る、定期的に爪を切る、アームウォーマーをつけるなどを試していき、解消に向かった。
1人成功したらほかの人もできるのはないかと実行し、少しずつ経験値を積んでいったという。
「入居者の行動には必ず意味があります。いかに職員がそのサインに気付けるかが重要です」と岡田氏は話す。
年に4回ほど、法人内の特養・GHも含めて事例検討会や研修を実施。身体拘束の弊害や廃止成功事例も共有している。
指導者が廃止徹底
取り組み始めの際、なかには身体拘束はやむを得ないと意見する職員もいたが、「決して行わない」と指導者が言い切る姿勢を徹底。身体拘束ゼロに賛同する「仲間」を少しずつ作っていった。
毎年行っている「身体拘束はやむを得ないと思うか」を問うアンケートでは、昨年に約120人の職員全員が「いいえ」と回答するに至った。

身体拘束廃止研修の様子
身体拘束をなくす最大のポイントについて佐久間氏は、「ケアの質を上げることに尽きます。身体拘束は氷山の一角であり、背景は職場のシステム、風土、人間関係など様々ですが、優しい気持ちを持っていても、介護スキルがないと身体拘束ゼロは難しいです」と話す。
特に排泄ケアを重要視しており、職員が排泄のサインにいち早く気が付き、危険な立ち上がりを予測することで、身体拘束解消につなげている。
「実は、家族から『病院で手を縛っていたので特養でも縛ってください』と依頼されることもあります」と岡田氏。その場合、家族の気持ちをヒアリングした上で、リスクを説明。
入居者の残りの人生、転ばないけれど縛られて時を過ごすか、転ぶかもしれないけれど笑って過ごすか、どちらが良いか家族に問いかけるという。
「本当に縛ってほしいご家族はいないと思います。入居者の『尊厳を守る』ため、私たち職員も、ご家族も一緒に考えていくことが必要です」(岡田氏)
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厚生労働省の「令和2年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」によると、特養など介護従事者による高齢者虐待の相談・通報数は年間で2,097件であった。
介護保険制度の施行時から、身体拘束は「生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き」原則として禁止され、高齢者虐待に該当する行為と考えられている。しかし依然として、身体拘束含む虐待が行われている状況。根深く残る課題である。