コロナ禍で「地域包括ケア」を

 

発熱しコロナの不安があれば、「かかりつけ医に相談を」と国や行政機関は呼びかけている。保健所機能が追い付かなくなったためだ。

 

俄然注目されだした「かかりつけ医」だが、1回目のワクチン接種時に混乱が起きた。近くの診療所で「あなたのかかりつけ医ではないから接種できない」と断られた住民が続出した。住民は通院先なので、「かかりつけ医だと思いこんでいた」と首を傾げる。オンライン診療を巡る国会でも、「受診回数で決まるのか」「基準は何か」と、かかりつけ医の定義が議論を呼んだ。

 

 

実は、かかりつけ医には法律や制度上の裏付けは全くない。日本医師会が1980年代末に「発明した」名称に過ぎない。医師の一方的な判断で「私はあなたのかかりつけ医です」と決めてしまう。あやふやで不安定な関係だ。

 

欧州では住民が選択して登録する地域の家庭医制度が普及している。GP(General Practitioner)と言われる。医師は内科や外科などあらゆる科目の初期診療を担う。一次医療(プライマリ・ケア)と言われ、約90%の治療を完結させる。手術や入院が必要なら専門医の二次医療につなぎ、さらに難しい症例は大学病院などの三次医療に紹介するという合理的な仕組みである。

 

こうした堅固な地域医療が在宅のコロナ軽症者にも適応できた。日本では陽性患者をすべて保健所が管理して専用病院に送り、在宅医の手を離れてしまう。

 

 

そもそも、コロナ感染の死者は70歳以上が85%と例年の世代別死者割合と変わらない。高齢者ケアの施策が適応でき「地域包括ケアシステム」の出番だ。介護や医療、福祉、予防などを住み慣れた中学校区内で完結させる仕組みである。要介護者だけでなく全住民は、現在の自由受診(フリーアクセス)ではなく、中学校区内の診療所に登録する。そこで医療の地域包括ケアが完成する。即ち欧州型の家庭医(GP)を導入すべきである。

 

 

国が示した地域包括ケアの植木鉢モデル。だが医療はフリーアクセスなので中学校区内にとどまることはない。家庭医(GP)を導入してはじめて地域限定の地域包括ケアが達成できる

 

 

日本の民間病院の7割強は200床未満の小規模。病院内で回復するまで治療を続ける「病院完結型」を掲げ、「経営の自由」の下、患者の争奪戦を続けてきた。他の医療機関はライバル。連携姿勢がないのは当然だ。重度者が軽度になっても転院が進まず、目詰まりが頻発するわけだ。

 

医師の「自由な経営」とそれを支える患者のフリーアクセスという日本独特の野放しな制度にメスを入れる時が来たようだ。フリーアクセスには重複診療、重複検査、多剤服用などの「無駄」も指摘されている。

 

もう一つの課題は医療の公共性だ。日本には一般病床が89万もある。人口1000人当たりで7・8床。OECD諸国で最多である。2・5床の米英国、3・0床のフランスに比べ断然多い。多くの一般病床をコロナ病床に転換させれば問題はないはず。

 

 

欧州ではコロナ専用病所への転換が迅速に進んだ。公的医療機関が大半だからだ。アメリカでも州知事や市長が緊急命令を出して病床を確保してきた。

 

だが、日本の医療機関の約8割は医療法人を中心にした民間経営。都道府県知事に病床転換を促す権限を与えるため、政府は昨年1月に感染症法を改正した。医療機関にまず「要請」し、従わないと「勧告」、次いで「実名公表」という3段階作戦を使える。

 

 

4月に奈良県が要請を発動し、その後、大阪府、茨城県、静岡県、東京都などが続いた。だが、十分なベッド数を確保できないまま、勧告に踏み込まなかった。加えて「医療機関と争いたくない」という知事の弱腰発言も聞こえてきた。

 

このため第5波で混乱した9月15日時点のコロナ病床は約3万9000床、全病床のわずか4・4%しか確保できなかった。家庭医制度を導入して合理的な受診態勢を整え、加えて医療を公的管理下に置くべきだろう。地域包括ケアの考え方の徹底である。

 

 

 

浅川 澄一 氏
ジャーナリスト 元日本経済新聞編集委員

1971年、慶応義塾大学経済学部卒業後に、日本経済新聞社に入社。流通企業、サービス産業、ファッションビジネスなどを担当。1987年11月に「日経トレンディ」を創刊、初代編集長。1998年から編集委員。主な著書に「あなたが始めるケア付き住宅―新制度を活用したニュー介護ビジネス」(雲母書房)、「これこそ欲しい介護サービス」(日本経済新聞社)などがある。

 

 

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