「母が悪質商法に騙されて羽毛布団を4組も購入しているのに、なぜ毎月訪問しているケアマネジャーが気付かないんだ」と、海外赴任から帰国した息子さんからクレームがありました。事業所の管理者は、「法的責任がある訳ではないから対応する必要はない」と言い、息子さんは市に苦情申立をしました。
コロナ禍で地域との関係が希薄になった在宅の利用者が狙われ、悪質商法の被害に遭うケースが増えています。介護事業者は何をしたら良いのでしょうか?
異変に気付かないケアマネ
■事業者の社会的責任
事業所の管理者が言うように、居宅介護支援事業者に利用者を悪質商法から守る法的な義務がある訳ではありません。ですから、本事例のトラブルに対して事業者が補償などの対応を行う必要はありません。
しかし、在宅介護事業者が地域の高齢者を特殊詐欺や悪質商法の被害から守る社会的責任は大きいのです。
銀行ではATMに行員を配置して高齢者に声を掛けていますし、郵便局の配達員も高齢者の生活の異変に気付き積極的に声をかける活動を行っています。高齢者の生活に密着している介護事業者が、高齢者の詐欺や悪質商法の被害に無関心では困ります。コロナ禍で社会との関係性が希薄になり、被害に遭いやすくなっているのですからなおさらです。
「オレオレ詐欺」だけではなく、本事例のような悪質商法は次々と新しい商法が現れ手口が巧妙化し、自らの意思で契約を行うため未然に防ぐことが困難です。悪質商法から高齢者を守る上で重要なことは、騙されていることに周囲が気づいて迅速に代金回収などの対応を取ることです。
本事例もケアマネジャーやヘルパーが、利用者の購入に気付いて早く対応していれば、被害の多くが防げたかもしれません。
■増え続ける高齢者の悪質商法被害
特殊詐欺と同じくらい高齢者を騙して甘い汁を吸っているのが悪質商法です。訪問販売やマルチ商法などの悪質商法には、特定商取引法で規制されているにもかかわらず、訪問購入などの新しい手口がどんどん増えています。
特定商取引法とは、違法・悪質な勧誘行為等を防止し、消費者の利益を守ることを目的とする法律で、訪問販売や電話勧誘等の消費者トラブルを生じやすい取引類型を対象に、事業者が守るべきルールと、クーリング・オフ等の消費者を守るルール等を定めています。
購入契約から8日以内に契約を解除できるクーリング・オフは誰でも知っていますが、本事例のように通常消費する量を著しく超える購入契約(加量販売契約)であれば、1年間は契約を解除することができます。クーリング・オフは時間的制約が厳しく気付いた時には手遅れというケースが多いのですが、過量販売契約の解除権は1年間行使できますから救済の大きな武器なのです。
本事例でも社長が息子さんに過量販売契約の契約解除権についてアドバイスをして、被害救済に協力していれば苦情申立にはならなかったでしょう。
■消費者庁から期待されている介護事業者
2020年に消費者庁が制作した「高齢者・障がい者の消費者トラブル見守りガイドブック」では、地域の高齢者を守るために消費生活センターと福祉関係者の連携が重要であるとして、社会福祉協議会や介護事業者の役割に触れています。
ヘルパーやケアマネジャーは、独居の高齢者や判断力が低下した高齢者などの居宅を訪問しているのですから、高齢者の被害に最も気付きやすい立場に居るのです。日常の会話の中で催眠商法の店舗などに通っていることを知ったら、注意を促し被害を未然に防ぐこともできますし、騙された高齢者を早期に発見して代金回収などのアドバイスを行うことも可能です。
見守りガイドブックは、被害事例や被害防止の取り組み事例がたくさん掲載されているだけでなく、本事例の「過量販売契約の契約解除権」など、被害救済の方法についても優しく解説されていますので、一度研修会を開いてはいかがでしょうか。
安全な介護 山田滋代表
早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険株式会社入社。2000年4月より介護・福祉施設の経営企画・リスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月より現株式会社インターリスク総研、2013年4月よりあいおいニッセイ同和損保、同年5月退社。「現場主義・実践本意」山田滋の安全な介護セミナー「事例から学ぶ管理者の事故対応」「事例から学ぶ原因分析と再発防止策」など