先年、フィンランドのヘルシンキ大学を訪問した時のことだ。日本から留学中の循環器内科の医師からTAVI(経カテーテル的大動脈弁置換術)の現地レクチャーを受けた。
その時、医師が「このTAVIの患者の長期予後を見てみましょう」という。そして電子カルテ上で死亡データベースにアクセスし、エンターキーを押すとなんと患者の死亡の日時や死因が一瞬で表示された。これには驚いた。
さて治療の最終評価を決めるのは患者の生存か死亡かのデータである。特に死亡データは長期予後を評価するための必須情報。しかしこうした死亡情報を日本で集めるのは大変だ。というのも死亡届は死亡場所の自治体に届けられる。そしてその死亡届は人口動態の調査に用いられるが、第三者の研究者が死亡届のデータを利用する仕組みにはなっていない。
こうした死亡情報は新薬の開発や市販後調査にも必須となる。がんや心疾患などの治療目標は延命や死亡率の減少だからだ。また新薬の開発のための臨床試験では限定された数の患者に対して、限られた期間内での観察結果からその成績を解析する。
一方で最近ではナショナルデータベース(NDB)などのリアルワールドデータが新薬開発とその治療成績の解析に用いられるようになった。しかしNDBには死亡情報が反映されていない。このため死亡情報をこれらのデータベースと連結する必要がある。自治体が保有している死亡診断書や死体検案書の死亡小票をNDBに連結できればよい。
こうしたNDBと死亡情報の連結の要望が、2月24日の規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループにおいて製薬企業が参加する経団連からなされた。
これに対して厚労省も連結に対して前向きに回答している。NDBと患者の死亡情報を連結・解析できる仕組みの検討を2022年度から開始するという。主な論点は、それぞれのデータベースが第三者提供の目的や範囲が異なる中での対応方法や連結するための共通の識別子をどうするか、氏名を明らかにしている死亡小票と連結した場合のNDBの匿名性維持の方法となる見通しだ。
米国ではすでに1979年から、州で保管している死亡情報にアクセスするための全国死亡指標(National Death Index:NDI)が整備されている。研究者はこのNDIを通じて、死亡情報にアクセスし、さまざまなデータベースに死亡情報をリンクし、多くの疫学研究が行われている。
ぜひとも日本版NDIを構築して、NDBと死亡情報を連結したデータベースを構築してもらいたいものだ。
武藤正樹氏(むとう まさき) 社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ相談役
1974年新潟大学医学部卒業、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中86年~88年までニューヨーク州立大学家庭医療学科に留学。94年国立医療・病院管理研究所医療政策部長。95年国立長野病院副院長。2006年より国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉大学大学院教授、国際医療福祉総合研究所長。政府委員等医療計画見直し等検討会座長(厚労省)、介護サービス質の評価のあり方に係わる検討委員会委員長(厚労省)、中医協調査専門組織・入院医療等の調査・評価分科会座長、規制改革推進会議医療介護WG専門委員(内閣府)