1974年の創業から約半世紀、車いすのトップメーカーとして画期的な製品作りを手がける松永製作所。「自分たちがいいと思うもの」でなく「利用者の『できる』をひろげられるもの」を提供するのが使命、という松永紀之社長に、〝マツナガ・マインド〞について語っていただいた。
車輪を翼にかえて
――製品の企画・開発において松永さんが常に心がけているのが「ユーザーの視点で考える」ことだとか。
スマートフォンでも自動車でもそうですが、多くのハイエンド商品には、おそらくユーザーが1回も使うことのない機能が嫌というほど入っています。でも、車いすは、病気や障害を持つ方が自分の足や靴として使うものなので、「メーカーの技術自慢をしてはいけない」ということをキツく心に決めています。
私どもの開発の社員には、工学系の一流大学を出た子もいるんですが、つい技術自慢をしたくなるんですね。「こんな小ちゃいところにこんなメカを入れました」とか「こんな機構を考えました」とか。
「でもな」って。
実際に車いすを使う高齢者、場合によっては認知症を抱えている方が直感的に動かさなければならないんだから、そんな複雑なものを作るんじゃない、車いすに乗る人のことを考えて作りなさい、と絶えず言っております。

丁寧な手作業の工程を経て作られる車いす(提供:松永製作所)
〝自分らしく〞の手伝いを
――パラスポーツとのつながりも深いですね。日本車いすバスケットボール連盟のオフィシャルサポーターとして、東京パラリンピックで男子日本代表の銀メダル獲得を支えました。イギリス代表のオフィシャルサプライヤーでもあります。
東京オリンピック・パラリンピックが決まった時、自分たちがサポートする自国のチームに、ぜひ自国開催の大会でメダルを取って欲しいよね、という話になりました。ところが、当時の日本代表と世界のトップチームとの間には、かなりの力の差がありました。ライバルチームの車いすを研究したくても、手に入らない。当然ですが(笑)。
そんな時、たまたまイギリス代表チームから、東京大会に向けて車いすのコンペの話がありまして、応募したらなぜか入選してしまいました。こうして日英の代表チームそれぞれに車いすを提供することになり、開発部門も2つに分けて、互いに情報交換せずに製作を進めました。
「自分らしく生きていけるようにお手伝いをする」のが私たちの企業価値だと思っていますが、それを一番わかりやすく体現してくれているのがパラアスリートなんです。彼らのほとんどが中途障害者ですが、夢や人生を諦めず、こんなに自分のやりたいことをやっているよ、と。
でも、そのためには道具がいります。最適な道具を選ぶことができれば、たとえやり方は変わっても、やりたいことを変える必要はない。高齢者も同様です。それを世の中に発信したくて、パラスポーツに関わっています。
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株式会社松永製作所
代表取締役社長
松永紀之さん
(提供:松永製作所)
みんなの頑張り、つなぐ
――そうしたモチベーションを、社内で共有していくための秘訣は何でしょう?
今の子たちって、学校の授業で普通にSDGs(持続可能な開発目標)について学んでいて、「あなたの夢は何ですか?」と聞かれた時、「世の中に貢献したい」って答えるんですよ。我々の世代だと、「金持ちと結婚する」とか「六本木ヒルズに家建てる」なんて感じだったのに。本心かどうかは別として、仕事を通して世の中に貢献するのが正しいこと、というのが刷り込まれているんです。
で、その〝正しいこと〞の1つがSDGsということで、弊社でも「カーボンニュートラル」などを目指しかけたんですが、お金がかかる(笑)。取引先なども変えなきゃいけないので面倒だと。そんな感じでいろいろ調べていたら、SDGsの目標の3番目に「すべての人に健康と福祉を」とあるのに気づきました。「これ、俺たちのやってることにモロにかかってるじゃん」って。
品質も価格も納期も最適な車いすを作れば、ユーザーの生活は必ず豊かなものになるはずです。
仕事を一所懸命することが、自分のスキルの向上や待遇の改善、会社の成長、ひいては社会への貢献にすべて1本でつながっているところが、社員みんながとてもわかりやすく頑張れる理由じゃないのかな、と思っています。

岐阜県養老町にある本社社屋。様々な製品がここで生み出されてきた(提供:松永製作所)
――この先は、どんなことに力を入れていきたいですか?
今の技術でできることは大体やってきたつもりですが、たとえば、小さくて軽い電子デバイスやほんの数グラムのセンサーなどを使って、もっとユーザーの役に立つことができるんじゃないかと思っています。こんな商品ができたらいいよね、と未来のことを考える時がとっても幸せです。
私を含め、社員全員で成長したいですね。会社の成長は社員の成長だと思うので。世の中は、残念ながら公平ではないけれど、私は単純に結果が〝平等〞というのもおかしいと思います。
人間て、「頑張る奴」と「頑張らない奴」の2種類しかいないと思っているので、頑張らなかった奴が〝平等〞な結果を得るなんて、不公平だと。ただ、スタートラインの不公平はなるべく是正したい。それが「バリアフリー」ではないかと思うんです。
福祉には、ドクターやセラピスト、ご家族、国や自治体の皆さんなど、本当にいろんな人たちが関わっていて、全部がつながっています。どこかだけ頑張れば社会保障が良くなるなんてことは、ありえない。我々のような製造業だけでなく、いろんなところで障害者・高齢者のためになくてはならない職種の人たちが、目立たないけれども頑張っています。その頑張りを社会保障としてつなげていくことができれば、みんなが元気になれるんだと思います。
聞き手・文 八木純子