インドで見た現実的解決策

 

わたしたち悠翔会は、一昨年の秋からインド随一の大都市、ムンバイで在宅医療をスタートしている(Yushoukai India)。訪問看護と介護を提供する現地のパートナー企業との業務提携を通じて始まり、経産省の補助やインドの優秀な家庭医の先生方のご協力を得ながら、日本よりもかなり厳しかったコロナ禍においても在宅医療を提供してきた。

 

インドには国民皆保険制度はない。公的疾病保険によってカバーされているのは全人口の2割程度。それ以外の人たちは、自費診療か、無料の公的医療かのいずれかを選択することになる。ただし後者は非常に待ち時間が長く、施設の管理状況は必ずしも衛生的ではない。従って、都市部の中流階級以上の住民の多くは自費医療を選択することになる。

 

在宅医療も当然、公的保険ではカバーされていない。全額が自己負担だ。そんな中で数百名のムンバイの在宅患者を診てきたが、そのニーズは日本とは大きく異なっている。

 

日本でいうところの「訪問診療」、つまり定期的・計画的・継続的な医師の訪問を希望する患者が少ないのだ。多くは急性期(コロナ対応や肺炎治療など)や、高度な緩和医療的ケアを必要とするケースで、日本の在宅患者のボリュームゾーンである慢性期の高齢者からの訪問診療は非常に少ない。

 

決して彼らの医療依存度が低いというわけではない。高齢在宅患者のほとんどは例外なく複数の慢性疾患を有し、在宅酸素、インスリン注射、尿道留置カテーテル、経管栄養、中心静脈栄養、気管切開、人工呼吸器管理……日本の在宅患者と同様、医療機器とともに生きている人も少なくない。継続的な医学管理が必要な状態だ。なぜ訪問診療を希望しないのか。

 

答えは、訪問看護がその任務を担っているからだ。

 

 

インドの訪問看護は、日本のようなポイントケア(短時間で要件だけ済ませて終了する)ではない。6時間、12時間、必要なだけ患者に寄り添うアテンディングケアだ。これはインド独自のスタイルだが、数名のナースでシフトを組めば、24時間看護師が配置できる。経管栄養も気管内吸引も点滴の管理も全く問題ない。ちなみに、このような手厚い看護体制でも、病院の自費入院に比較すれば安価に済む。

 

課題が生じれば、電話やオンラインで医師に相談する。指示通りに処置をして問題が解決しなければ病院に向かう。看護師が24時間いるのだ。在宅ケア力は日本よりも圧倒的に強い。

 

訪問診療があるかないかは、実は彼らの医療的アウトカムには大きく影響しない。そのことを看護師たちも患者・家族も知っている。だから、医師という割高な職種を自宅に定期訪問させる理由がないのだ。

 

 

インドの訪問看護ステーションに準備された点滴やカテーテルの処置セットなど

 

 

◇◆◇

翻って、日本の在宅医療を改めてみてみる。

 

在宅患者の8割近くが高齢者だ。慢性疾患を抱えてはいるが、病気の積極的治療というよりは老化のプロセスを見守る(あるいは医療を整理して自然な老化のプロセスに近づける)に等しい。そして、多くの在宅医は、彼らの自宅に月2回訪問し、高額な診療報酬を請求している。

 

なぜ月2回の訪問するのか。

 

患者の病状が不安定だから?確かに病状が不安定なら、2週間に一度は診察をさせてもらったほうがよいかもしれない。しかし、在宅患者の多くは、処方内容が月単位で変化することはない。血液検査も年に数回。本当に2週間に1回ずつ訪問する必要があるのか?
おそらく真の理由は、診療報酬の確保だ。

 

 

機能強化型在宅療養支援診療所(無床)の場合、在宅患者を月2回訪問すると在宅時医学総合管理料(24時間体制の包括的な健康管理体制を維持するためのコスト)は4.5〜5万円。2回分の訪問診療料を加えると月7万円弱の診療報酬となる。

 

一方、月1回だと在宅時医学総合管理料は2.5万円。1回分の訪問診療料を加えても3万円強と、診療収入はおよそ半額になる。病状の安定・不安定によらず、ルーチンで月2回訪問としている在宅療養支援診療所が多いのは、明らかに患者ニーズというよりは経営ニーズの優先だ。

 

 

月1回訪問にして急変が増えたら、結局、臨時で往診することになる。そのことを考えると、月2回訪問して、きちんと健康管理したほうが結局安上がりではないか。そんな意見もある。しかし、これは本当だろうか。

 

悠翔会では、安定している患者については、月1回の訪問を取り入れている。6割を超える患者を月1回第33回 在宅医療、患者の「真のニーズ」はどこにある?訪問で管理しているクリニックも複数ある。では、それらのクリニックでは、時間外の臨時対応が増えているか?

 

答えはNOだ。実はむしろ減っている。なぜなのか。

 

◇◆◇

「権限と報酬」でタスクシフトを

 

訪問回数が減った分、診療に同行する看護師たちが、関わる多職種との情報連携や、本人・家族への電話を通じて、患者の状態確認や体調管理のアドバイスをこまめに行っているのだ。医師が漫然と月2回訪問するよりも、看護師の目線による丁寧な支援が、患者のアウトカムを改善している可能性があるということになる。

 

偉そうなことを書いているが、もちろん私自身にも、月2回訪問して、患者の診療単価を確保してほしいという経営者としての本音はある。

 

しかし、患者に過剰な医療サービスを押し売りすることに対し、一人の保険者・納税者としては、適正化を進めるべきであるとも思う。

 

 

適正な在宅医療とは、どんなものなのだろうか。

 

日本では健康保険を使えば、多くの高齢者の自己負担は1割だ。7万円の診療行為であっても、7000円で済む。たとえ月2回訪問を押し売りしても、2回医者が来てくれて、24時間のサポートがつくなら安いと思ってもらえているのかもしれない。

 

しかし、健康保険のないインドでは、こんなところにお金を払う患者はいない。看護師が必要と判断した時、急性期疾患の在宅管理や高度な緩和医療が必要な時に医者を呼ぶ。それで充分に成り立っているのだ。

 

 

 

日本の在宅医療はどこに向かうべきなのか。

 

在宅医が足りないというのであれば、医師の患者一人あたりの関与度を減らし、多職種にタスクシフトすればいいのではないか。わたしたち自身のインドでの経験を例に挙げたが、フランスの在宅入院(これも主に急性期在宅医療)においても主力は看護師。医師は遠隔でのアシストが中心で往診まで行くことはほとんどない。

 

 

◇◆◇

 

一定の責任と権限、報酬をセットにして、医師以外の医療専門職がより主体的に患者に関われるようにすれば、医師の仕事を増やすことなく、患者の健康管理の質を上げることができるのではないか。

 

また、医師が経営ニーズを優先して過剰な医療を提供することを防ぐために、例えば、在宅時医学総合管理料を訪問回数ではなく患者の重症度や医療依存度に応じて設定してはどうか。チームケアが機能すれば、医師が頻回な訪問をしなくても安全な医学管理が実現できるはずだし、医師は経営ニーズではなく、医療ニーズに応じて最適な医療を提供しようというモチベーションが働く。

 

アウトカムではなくプロセスやストラクチャーが評価されるのは日本ではよくあることだが、将来的に財源も人材の確保も厳しくなっていく中、最適な優先順位で、必要最小限の資源で、最大限の成果を引き出すことが求められていくと思う。

 

 

大胆な発想の転換がなければ、超高齢化していく地域の医療を支え続けることは難しい。

 

 

 

佐々木淳氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

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