ホルモン補充療法の開始前に

 

前回は、黄体ホルモン製剤の選択と乳がんリスク、心血管系リスクについて触れた。乳がんリスクの傾向は、黄体ホルモンの種類だけではなく、ホルモン補充療法(以下・HRT)開始前の患者が元々有している潜在的なリスク因子も大きく関与している点が重要である。潜在的なリスクとはどういうことなのか?

 

 

 

40〜80歳の病理解剖(剖検)例から、マンモグラフィー検査ではがんが小さすぎて診断されなかった乳がんが約7 % 認められている。
つまり、乳がんの芽が既にあったということ。HRTの作用で顕在化された乳がんの94%は、その乳がんの芽を育ててしまったと考えられている。

 

HRTのWHI(Women s Health Initiative)試験(米国の50〜79歳の健康な一般閉経後女性が対象の臨床試験)において、エストロゲン単独または黄体ホルモンを併用するリスクの解析が報告されるなかで、エストロゲン単独治療群では、乳がんリスクは増加しない(あるいは減少する)としばしば述べられている。

 

 

対象者に良性乳房腫瘍の既往歴があり、精密検査で針生検(細胞診や組織診)歴がないグループにはそのような結果が出ているが、針生検歴があるグループには、リスクの減少は見られない(WHI解析)。

 

さらに、第一度近親者(母、姉妹、娘)の乳がん罹患歴がないグループにはリスクは見られないが、罹患歴があるグループにはリスクが見られた。つまり、ベースとなるリスク因子の有無によって、その後のHRTで乳がんリスクが変わるということを心に留める必要がある。

 

 

リスク評価ツール HRT施行判断アプリ

 

米国内分泌学会の臨床指針では、HRTを勧める前に、カウンセリングのための乳がんリスクの評価を行うようにとの試案が出されている。米国国立がん研究所が提供する乳がんリスク評価ツール(BCRAT)を用いると、今後5年間の乳がんリスクを推定できる。リスクの結果によって、HRTの使用可否や使用可能量が算出される。

 

潜在的リスクの8項目は以下の通り。

①乳がん、非浸潤性乳管癌( D C IS)、非浸潤性小葉癌(LCIS)の既往歴

②BRCA1/2遺伝子、または乳がんリスク増加と関連する遺伝性疾患の有無

③年齢

④人種/民族

⑤針生検の受診回数および針生検で異形増殖症(異型過形成)の診断を受けたか

⑥初経の年齢

⑦初産時の年齢

⑧第一度近親者における乳がん罹患者数

これらを入力することで、リスクが算出される。

 

これは米国のエビデンスであるため、必ずしも日本人に適応できるとはいえないが、潜在的リスクを持った患者が、乳がんを発症するケースが実際には多く、HRT施行前のチェックは重要である。

 

また、北米閉経学会が作成した、評価ツールアプリ「MenoPro」は無償で提供されている。これは、患者の個人的な好み(ホルモンと非ホルモンなど)に基づいて、治療方針を決定できるように設計されている。さらに、患者と医師向けにHRTのベネフィットとリスクに関するガイドライン、米国国立がん研究所の乳がんのリスク評価ツールのリンクが直接貼られている。

 

 

このような、アプリで気軽にリスク評価ができる状況にある米国に比べると、日本の医療は、患者側に立った情報提供のサービスが、まだまだ遅れている。

 

 

小川陽子氏
日本医学ジャーナリスト協会 前副会長。国際医療福祉大学大学院医療福祉経営専攻医療福祉ジャーナリズム修士課程修了。同大学院水巻研究室にて医療ツーリズムの国内・外の動向を調査・取材にあたる。2002年、東京から熱海市へ移住。FM熱海湯河原「熱海市長本音トーク」番組などのパーソナリティ、番組審議員、熱海市長直轄観光戦略室委員、熱海市総合政策推進室アドバイザーを務め、熱海メディカルリゾート構想の提案。その後、湖山医療福祉グループ企画広報顧問、医療ジャーナリスト、医療映画エセイストとして活動。2019年より読売新聞の医療・介護・健康情報サイト「yomiDr.」で映画コラムの連載がスタート。主な著書・編著:『病院のブランド力』「医療新生」など。

 

 

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