診療現場の患者を深く知るために 世代・地域性の理解も求められる

 

これまでの2回、私が、何故、患者さんの住宅や部屋の模様に拘っているのか?

20年間の診療にあたって振り返ると、部屋の様式、介護の現場の雰囲気に各世代間や地域で差異を感じるからです。それは様式だけでなく、時代背景で、全く違う民族性が部屋に表現されているのです。夫婦の形態も、20年前と現代では、全く違うのです。それは、その先の介護現場で見る風景にも影響を与えます。各年代を世代と呼んで論ずることには異論もありますが、私の中では地域性とともに興味があるのです。

 

 

日本人とは何か?第2次世界大戦中にルース・ベネディクトによって書かれた「菊と刀」は、おそらく、終戦後の日本の統治に関して、事前に日本の文化や思考を解明しようとした狙いがあったものだと思います。20年前に私が介護の現場で見た風景は、「菊と刀」の時代の日本が残っていました。

 

人生の通過儀礼において、氏神や神社と関わり、人生の最期の死に関しては仏教を使う。西洋のキリスト教圏から見ると不気味に思えたであろう多神教の国、日本。個としてでなく集団として動く、日本人。地域の共同体に関しても、当時の産業構造や規範から考えると合理的なものなのかもしれません。

 

これらを考える契機となったのも患者さんや、その家族からの言葉なのです。「お前は、村八分という意味がわかるか?」これがスタートなのです。病名とは全く関係のないことですが、相手の背景にあることを理解しようと努めました。

 

 

アメリカの名門医学部で行われる教育で初診時に、研修医から発せられる言葉は「あなたの全てを教えてください」だそうです。「具合はいかがですか?どこか痛くはないですか?」ではないのです。アメリカの奥深さを感じます。もちろん、話したがらない方もいらっしゃいます。

 

私の場合、患者さんが高齢でもあること、死が近づいていること、病院でなく、自分の家であることなどの条件が、患者さんを話しやすくしていると思われます。中には、家族に話せぬ内容もあるのです。適当に他人で、かと言って赤の他人でもない私ぐらいが一番、いい相手なのかもしれません。

 

 

20年前は、介護の現場は患者が夫であれ舅姑(きゅうこ)であれ実働するのは嫁でした。その当時の嫁たちが可哀そうであったのは、実働部隊であったのに、介護や療養の決定権は家長としての夫がもっていたことです。なかなか、幸せそうな介護を見ることは少なかったです。

 

10年後、核家族化した家庭が介護の現場に多く見られ、今の現場は、独居です。しかも、独居の現場に内縁関係や不倫相手が現れてきました。ここは、サブカルチャーの影響が出ているのだと思います。「昼メロ」が始まって58年、「金妻」から39年、「失楽園」から25年、これから介護の現場も変わっていくのです。

 

 

 

 

平野 国美(ひらのくによし)
医療法人社団彩黎会 ホームオン・クリニックつくば 理事長/医学博士

1992年に筑波大学を卒業。その後、筑波大学附属病院及び県内の中核病院にて地域医療に携わる。2002年に訪問診療専門クリニック「ホームオン・クリニックつくば」を開設し、翌年に医療法人社団「彩黎会」設立。
20年以上にわたり在宅医療や看取りに従事している。著書「看取りの医者」(小学館)は、11年に大竹しのぶ主演でドラマ化された。

 

 

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