当事者の「歴史」にヒント

 

介護や医療にかかわっていない友人から「近所のご高齢の方が『徘徊』していて」と「徘徊」と言う言葉が普通に出てきた。その言葉はどこから得たのだろうか…。認知症を取り上げたテレビ番組や記事からなのだろうか…。

 

徘徊という言葉の本来の意味は「行く宛や目的もなく歩き回る」である。いやいや、認知症のある方は、目的や意図を時に明確に伝えられないだけで、その方にとって歩く理由はあるのだと思う。

 

 

 

うちのデイサービスを利用していたA氏は肉屋を経営していていた。認知症を発症したことで息子さんに代替わりした。A氏はデイサービスにいらした先から「私は肉屋をしている。店に出ないといけない。こんな所にいる場合ではない、店に行かないと…」と出口方面に向かう。しかし出口は開かず、結果的にデイのフロアをぐるぐると落ち着かずに歩かれる。利用する度に同じ言動がある。私が「店に行く」と言うその気持ちに寄り添いじっくり話を聞いていると、他のスタッフから「あなた1人にスタッフ1人取られて贅沢ね!」そんな発言がゆとりのない状況下では飛んでくることもある。敏感になっているところで一層不穏状態が高まり状況は悪化する。

 

この悪循環の中で思ったのは、A氏に必要なのはデイの利用ではなく、長年働いてきた肉屋での看板父さんとして存在することなのではないかということだ。落ち着きなく歩きながらも、その言動にはヒントがある。どのように過ごしたいのか、A氏は自ら言葉にしている。「私は肉屋をしている。店に出ないといけない。こんな所にいる場合ではない、店に行かないと…」この気持ちがあるから落ち着かず歩き回るのだろう。

 

A氏にとって、歩く理由があるのだ。一刻も早く家に帰り店に行く。その気持ちで歩いている。徘徊ではなく理由があるのだ。肉屋の店内の椅子に座っていた方が、デイを利用するよりよっぽど落ち着いた時間を過ごせ、「徘徊」などと言われずに済むのではないだろうか。

 

 

 

目の前にいる方の歴史をひも解くと、なぜ歩くのか、どこに行こうとしているのか、どんな思いで外に出ようと思ったのか、ヒントが見えてくる。そのヒントが見えると「徘徊」とは言えなくなってくると思う。

 

 

 

女優・介護士 北原佐和子氏

1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」

 

 

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