ヨーロッパの家庭医から学ぶ
今年度になって、かかりつけ医の議論が活発化している。まず今年5月の財務省財政制度等審議会が取りまとめた春の建議の中で「かかりつけ医の認定制度」の提案や、6月の政府の「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針2022)」でも、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行う」と明記された。
こうした背景にはコロナ禍でまるで機能しなかった「かかりつけ医」の課題がある。
今年6月15日、政府の「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」(座長:永井良三・自治医科大学学長)が取りまとめた報告の中でも以下のように述べている。「コロナ禍の外来医療や訪問診療においてかかりつけ医がコロナに対して組織的に関わる仕組みもなく、その機能を果たせなかった。今後、かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行うことが重要である」
さて9月に筆者は、こうしたコロナとかかりつけ医を巡った一連の課題について、「コロナで変わる『かかりつけ医』制度」(ぱる出版)を出版した。内容としては、コロナで変わる日本の外来、コロナとかかりつけ医、海外の家庭医事情、かかりつけ医とDX、そして近未来のかかりつけ医制度のための10のポイントについて分かりやすく解説した。
実は、筆者にはかかりつけ医制度に思い入れがある。日本におけるかかりつけ医制度化の議論は、今から35年も前の1987年に当時の旧厚生省に設けられた「家庭医に関する懇談会」(家庭医懇)からスタートする。この家庭医懇は有識者や日本医師会(日医)の幹部で構成され、米英の家庭医を念頭に議論が行われた。
しかし家庭医懇は、日医の大反対で失敗に終わる。理由は、日医が「(厚生省が)英国の家庭医(GP)のような国家統制の強い仕組みに変えるのではないか?」と大反発したためだ。
こうして我が国では家庭医構想はとん挫し、その後「家庭医」という言葉も使われなくなり、日医の「かかりつけ医」が定着する。
実は筆者はこの頃、旧厚生省の留学で米国ニューヨークでの家庭医留学を経験した。しかし家庭医懇の失敗のおかげで帰国後、「家庭医で留学しました」などとは口にすることもできず、留学経験も全く活かすことはできなかった。
本書では35年前に米国の家庭医療科のレジデントたちと共に経験した家庭医養成プログラムの体験記も書き留めた。また米英仏独の家庭医養成やその制度の比較も行っている。そして我が国へ導入するに当たってのポイントについても述べている。本書がかかりつけ医制度の議論の一助となれば幸いである。
武藤正樹氏(むとう まさき) 社会福祉法人日本医療伝道会衣笠病院グループ相談役
1974年新潟大学医学部卒業、国立横浜病院にて外科医師として勤務。同病院在籍中86年~88年までニューヨーク州立大学家庭医療学科に留学。94年国立医療・病院管理研究所医療政策部長。95年国立長野病院副院長。2006年より国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉大学大学院教授、国際医療福祉総合研究所長。政府委員等医療計画見直し等検討会座長(厚労省)、介護サービス質の評価のあり方に係わる検討委員会委員長(厚労省)、中医協調査専門組織・入院医療等の調査・評価分科会座長、規制改革推進会議医療介護WG専門委員(内閣府)