「複雑な社会性の処理」と「美」 「感覚的な喜び」を得る努力

 

 

ハーバード・ビジネス・スクールにおいて、大人気の講義をご存じだろうか?

それは世界トップクラスの高級品を扱う企業であるLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンの北米部門のチェアマン(社長)を務めたポーリーン・ブラウン氏の「ビジネスにおける美意識」の講義だ。この定性的なプロセスを、こぞって学ぶのはなぜか。ビジネスで成功を収めるために「美意識」や「感性」がいかに必要不可欠な要素か、ビジネスにおいても人生においても重要である「美意識」の欠如は、企業にとって致命的で、存続さえ危ぶまれるとブラウン氏は指摘する。

 

「美意識」の重要性は、著作家・パブリックスピーカーの山口周氏も、著書「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」において、直感・統合・感性のいずれかが重要になると次の5つの観点から説明している。

①正解の無価値化

②理論的・理性的な情報スキルの限界

③全産業のファッションビジネス化

④利便性から情緒への価値源泉のシフト

⑤人工知能に奪われない仕事は創造的要素

 

 

 

さあ、そこでわたくしが気になるのは、脳が「美の基準」をどう判断しているのか?ということだ。ヒトの進化を系統樹で辿ると、およそ200万年以上前からヒト属が存在していたという仮説がある。その仮説が正しいとすると、その時代のホモ・ハビリスやホモ・エレクトゥス、約2万数千年前の人間より脳が大きかったホモ・ネアンデルターレンシスさえ滅び、ホモ・サピエンス以外の種は絶滅してしまった。

 

なぜ、ホモ・サピエンスしか生き延びられなかったのか?について、「アートがあったからではないか? 」と仮説を立てたのは、脳科学者の中野信子氏だ。行動学的な痕跡や解剖学的な見地から、現在の我々が無駄なものだと一見切り捨てがちな装飾、飾る花、人と人との関わりに贈る物、食べ物以外に「愛でる」物を贈り合うという行為などがある。ホモ・サピエンスの遺跡からだけ食べられない貝の化石が発掘されている。その貝が「美しい」という感覚だから取っておいたのか、誰かに献上するためのものだったのか、もはや貨幣だったのか?

 

装飾品や貝、タトゥーでおしゃれをすることが、寒さから身を守るために服を着る実用的なものよりも前に発展したのはなぜか?そもそも、おしゃれをすることは何のためなのか?「美」があるからこそ、生き延びたのではないか?という考察。では、我々が特別に持っている能力とは何か?

 

 

人類学者の山極寿一氏は、「複雑な社会性の処理」だという。人は家庭、職場、社会など複数の集団に属するため、脳内にある「私」の領域が非常に複雑で、「倫理基準」を処理する能力を持つ。その処理には、「美」が必要なのではないか?なぜなら、脳内では「倫理基準」を処理するところと同じ領域で「美」の基準も処理しているからだ。

さて、その「美」の基準とは何か?今後の中野氏の研究に答えがあるのだろう。そして、それは「知的センス」を定義するものと、わたくしは期待する。

 

 

人はそもそも「美意識」を備えている。人間にしか担えない「直感と感性」は強みだが、筋力と同じで鍛え磨かなければならない。ビジネスの未来は「感覚的な喜び」を得る努力にかかっていると、経営におけるアートとサイエンスの両極を経験したブラウン氏は強調する。

 

 

小川陽子氏
日本医学ジャーナリスト協会 前副会長。国際医療福祉大学大学院医療福祉経営専攻医療福祉ジャーナリズム修士課程修了。同大学院水巻研究室にて医療ツーリズムの国内・外の動向を調査・取材にあたる。2002年、東京から熱海市へ移住。FM熱海湯河原「熱海市長本音トーク」番組などのパーソナリティ、番組審議員、熱海市長直轄観光戦略室委員、熱海市総合政策推進室アドバイザーを務め、熱海メディカルリゾート構想の提案。その後、湖山医療福祉グループ企画広報顧問、医療ジャーナリスト、医療映画エセイストとして活動。2019年より読売新聞の医療・介護・健康情報サイト「yomiDr.」で映画コラムの連載がスタート。主な著書・編著:『病院のブランド力』「医療新生」など。

 

 

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