睡眠の基礎研究に特化した世界最大規模の研究所、IIIS(トリプルアイエス・茨城県つくば市)でさまざまなプロジェクトや情報発信に取り組む柳沢正史先生。睡眠には大きな謎が2つあると言う。「睡眠の機能」と「睡眠の制御」だ。前編の今回は、まず睡眠の機能の謎について伺ってみた。ヒトを含むあらゆる動物に訪れる「眠り」とは一体何なのか。実はそこにはさまざまな誤解もあるようだ。

 

 

IIIS 筑波大学
国際統合睡眠医科学研究機構
機構長
柳沢正史先生

 

 

さあ、眠りの森へ

 

 

――「レム睡眠」「ノンレム睡眠」という言葉をよく聞きます。
眠りにつくと、最初にノンレム睡眠に入り、その後レム睡眠が来ます。ノンレムには深さによって、1(浅い)、2(中間)、3(深い)の3つのステージがあり、朝までに、このノンレムとレムを交互に5回くらい繰り返すのが睡眠サイクルです。各段階は全て脳波で定義されます。

 

ノンレム睡眠中は、呼吸も心拍も規則正しく深くゆっくりになり、いわゆるスヤスヤした寝息の状態になります。問題はレムで、睡眠図の上の方に書くので〝浅い眠り〞と誤解されやすいんですが、これには全く根拠がありません。

 

レム睡眠中は、大脳皮質の一部と、海馬など感情や情動を司る「脳の辺縁系」と呼ばれる部位に加え、心拍や呼吸、自律神経系も覚醒時以上に非常に活発に変動しますが、身体の力は完全に抜けて「レム脱力」という現象が起きます。睡眠からどれくらいの刺激で目覚めるかという「覚醒閾値」で評価すると、深睡眠であるノンレムのステージ3と同じくらい目覚めにくい。だから単純にレムを〝浅い睡眠〞と言ってしまうのは完全に誤りで、脳がリフレッシュして身体の健康を保つためには、レムもノンレムも両方大事です。

 

 

睡眠中も脳はフル稼働

 

 

――では、なぜ私たちは眠るのでしょう。睡眠中に何が起こっているのですか?
睡眠中は意識がなくなり外界刺激に対して極めて鈍くなるので、動物にとってはどう見てもリスキーな行動なんですね。そのリスクを冒してまでも行わなければならないような、脳の中の何らかの回復作業が行われていることは間違いないです。でも「脳は睡眠中に休息する」と言われるのもよくある誤解で、眠っている間も脳は休まず働き続けています。脳内のエネルギー消費という意味では、覚醒もノンレム睡眠も実はほとんど燃費が変わりませんし、レム睡眠に至っては、むしろ覚醒時よりエネルギーを消費します。

 

睡眠は、脳というコンピュータのスイッチを入れたまま一時的にオフラインでメンテ作業をしている状態というのが一番正しいたとえです。その際、日中の記憶が整理されて、いらないものは忘れ去られ、重要なものはより強固に記憶されるとされます。でも、じゃあ何でこのようなメンテが必要なのか、という根本的な部分は、最先端の研究者を含め誰にもわかっていないんです。

 

 

若者と高齢者の睡眠サイクルの比較(厚労省e-ヘルスネットより)

 

 

 

――レムとノンレム睡眠を合わせた1サイクルが約90分なので理想的な睡眠時間は90の倍数だとか、眠り足りなくても眠り過ぎでも早死にするなどと聞きますが、本当なんでしょうか。
それもよく聞かれる誤解で、ノンレム/レムのサイクルは確かに平均すれば90分程度ですが、個人の一晩の中でも1〜3時間程度の大きな幅で揺らぎますので、アテになりません。90分の倍数で起きろという話は、まぁデマの範疇です。

 

7時間前後の睡眠時間の人が最も死亡率が低く、それ以上でも以下でも死亡リスクが上がるのは事実です。ただ、睡眠不足と死亡リスク上昇との因果関係はありますが、9〜10時間以上寝る人の死亡率が高いのは、決して寝過ぎのせいではないということです。それだけ寝られるというのは、たとえば睡眠時無呼吸症候群や認知症など睡眠以外に何か問題があるわけで、そもそもが不健康なんです。健康な人は寝過ぎることはできません。

 

 

高齢者の不眠は「健常」

 

――年齢を重ねるほど、睡眠の質が悪くなるとも。個人的に、「また今日も眠れないかも」という不安があります。
それは「不眠」で、睡眠不足とは別ですね。眠りたいのに思うように寝付けない、途中で起きてしまう、深く眠れた気がしない、といった状態です。眠れないかもしれないという不安によって余計眠れなくなってしまうのは、「睡眠不安」といって慢性不眠症のよくある悪循環です。

 

睡眠は加齢とともに変化します。80歳くらいの高齢者は、平均すると早寝早起きです。ノンレムの深睡眠もレム睡眠も減っていき、いわゆる「まどろみ」と呼ばれる一番浅いノンレム睡眠が増えて中途覚醒が多くなります。でも、これは健常な加齢現象です。だから、良くも悪くも諦めるというか、そんなもんだと思って気にしないことが一番大事です。

 

日本は本当に国民総睡眠不足の国ですが、面白いことに、60〜70代のリタイヤ世代を境に、逆に不眠が増えてくるんですよ。それまで忙しくて夜寝る時間を確保できなかったのが、自分の時間が自由になっていざ寝る時間が確保できるようになると、今度は脳の健常な加齢が起きているので若い頃のように眠れない。

 

高齢者の3人に1人が睡眠の問題を抱えていると言われますが、不眠症って難しい病気なんですよ。ある意味心の病であるとも言える。あまり気にしすぎない方が良いと言うのは、そういう意味なんですね。

 

(12月7日号に続く)

聞き手・文 八木純子

 

 

 

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