私はなぜこんなにも認知症にこだわるのだろう。

 

 

17年前、ヘルパー2級を取得する時に、事業所へ実習に行った。実習先では話しやすそうな利用者さんを見つけて積極的にコミュニケーションをとっていた。するとスタッフに「その方の傍にはいないで下さい。認知症ですから」と言われた。実習先でのこの一言はあまりにもインパクトが強く、知識も経験もなかった私は、「認知症の方って何かが起きて収集のつかないことになるの?だから傍に寄ってはいけないの?」と、「認知症=怖い」のイメージが定着してしまった。

 

 

就職先を探す際も認知症NG、そのうえ女優業の合間を縫った勤務希望で、まともに取り合ってもらえなかった。今なら私にもわかる、こんな人断っていい人だ。しかし最後に電話した事業所はごちゃごちゃ言う私に「とにかく来てみたら」と言ってくれた。

 

早速、勢い勇んで行ったのは、今はなくなりつつある宅老所。入るとすぐにデイルーム。じろっと見る大勢の高齢者。奇声を発してテーブルをたたくお婆さん。一目散に扉を開けて逃げ出したくなった。だけど、「北原佐和子って大した奴じゃなかった」と言われる、そのレッテルをはられるのが怖くて微動だにできなかった。

 

 

でも皆さんと接する毎日で、ここに存在するのは女優ではなく、生身の私。それまでの私は女優らしく存在することに囚われて息苦しさを感じていたことに気付いた。

 

利用者さんとの時間は、人間らしく存在できる居心地のいい、生きていることを実感できる時間。奇声を発するお婆さんも、共に過ごす中でいとおしさが芽生え、理解ができるようになった。「私のことを気にかけてほしい」という表現だったと。

 

 

その事業所は日中、鍵を一切閉めないため静かに出て行く利用者さんがいた。ある方は、出て行き数時間経ちながらも気づかれず、手分けして隈なく探したが見つからなかった。無事でいることを願いその日は眠れなかったことをいまだに鮮明に記憶している。朝方、6キロほど離れた自宅の近くで見つかったと報告を受けたときには、ほっとして涙がこぼれた。

 

いずれ自分もなるだろう認知症。多くの経験から自分ごととして捉えることを学んだと思う。17年前の私から、少しは変化していると信じたい。

 

 

 

女優・介護士 北原佐和子氏

1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」

 

 

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