ともに過ごした暖かい時間
私とA氏の出会いは認知症啓蒙活動「Dシリーズ」が雨天中止で、毎年恒例のソフトボール大会が開催できなかった時。

 

室内で参加予定の皆さんと交流していると、横浜所在のデイサービス生活維持向上倶楽部「扉」の人に声をかけられた。頂いた名刺の肩書は語学講師担当とある。年齢は私の父ほど。私の頭の中は利用者さんなのかスタッフなのかと悩みつつも、まぁいっか、と目の前にある大きな苺を「美味しい、美味しい」と2人で頬張った。このほっこりした温かい出来事は私には印象的だった。

 

A氏は現役時代に米軍基地で通訳の仕事をしていたほど英語が堪能で、スタッフへの英会話指導を行っていた。初めて「扉」にお邪魔した時には、自分で作成した竹筒に「Very welcome to Sawako」と書いた巻紙を入れてプレゼントされた。語学講師然と「日本人はWelcomeにVeryは付けないが、付けることでより歓迎している気持ちを込めている。そしてrとlは日本人には発音しにくい」と丁寧に教えてくださった。散歩中は自分が道路側に回りエスコートしてくれる。昭和の頑固おやじの私の父とは違いアメリカナイズされた素敵な紳士だ。

 

私に依頼された取材ではA氏との交流をテーマに介護の魅力を発信するなど様々な形でご協力を頂いた。出会いからかれこれ6年。私は准看護師取得後、1年ほどこの「扉」で勤務もしている。

 

ある日、A氏が「前に来たあの女優さん最近来ないね」と私に聞いてきた。「え?それは私…、ですよね?」と確認すると「ん?いやいや、前にきた女優さんだよ」そうか、この仕事に馴染みすぎて女優らしさを捨てた私がいたか……と、この時反省したものだった。

 

ともに暖かい時間を過ごしたA氏がここにきて施設に入所する知らせを頂き急いで会いに行った。この「扉」で当たり前に会えると思っていたA氏だったがこれからはそうもいかなくなる。寂しさを感じずには居られない。でも多くの方に愛されるA氏ならどこへ行こうと心配ないだろう。

 

 

女優・介護士 北原佐和子氏

1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」

 

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