コロナ禍で顕在化したのは?

一昨日、95歳の女性が老人ホームで発熱した。一晩解熱剤で様子を見るも、翌日も38.6度と高熱、動脈血酸素飽和度も94%とやや低下、しかしなんとか経口摂取ができている。抗原検査はコロナ陽性、血液検査の結果は強い炎症所見と白血球の増多。新型コロナ感染症と細菌性肺炎の合併症と診断した。

 

本人は入院を望まず、家族もなるべく病院に連れて行きたくないという。施設は看護師が24時間配置されているわけではないが、点滴や在宅酸素にも協力すると申し出てくれた。幸い内服が可能だったので、本日からパキロビッドとレボフロキサシン(抗菌薬)の内服治療を開始した。
家族にとっても、施設にとっても、いまや新型コロナはCommon Disease=「よくある病気」の1つとして受け入れられつつある。

一方で、地域の診療所の中には、いまだに発熱患者に対応しない、コロナ患者の在宅療養支援に協力できないとするところが少なくない。

 

 

未来につながる制度へ

私たち医療法人社団悠翔会は、第5波以来、東京都のコロナ在宅対応の広域支援を担っている。昨夏は多くの区でコロナ対応に手が回らず、私たちも都内各地を走り回っていたが、時間の経過とともに、それぞれの区で地区医師会を中心とした対応体制が構築されつつある。

 

もちろん全医療機関が参加しているわけではない。対応できる医療機関がグループを構成したり、地域の第一ラインで対応できなかったケースを大規模在支診がバックアップしたりと方法はさまざまだが、それぞれの区で完結する仕組みが作られてきている。
しかし、区内でコロナ在宅対応できる医療機関がゼロという地域も存在する。

 

悠翔会の「広域支援」の対象も特定の区に絞られてきている。時に大規模在支診を地域医療のメンバーシップから排除してきた地区医師会が、大規模在支診に地域住民の医療要請への対応を丸投げしている現状に複雑な気持ちだ。

 

今からちょうど2年前。東京都医師会の新型コロナ感染対策特別講演会で、地域の開業医に対し「病院は最後の砦、最前線は地域医療・在宅医療、病院に丸投すべきない」と主張していた。溢れる発熱外来や院内クラスターでパンクする地域の中核病院。診療所が感染予防の啓発と早期診断・隔離指導、感染者の在宅でのケア継続を担うことが、地域医療における最適な役割分担ではないか。そんな提案をしたが、当時はワクチンや治療薬も存在しない状況、前向きな手ごたえはなかった。

 

そして1年前。在宅医療連合学会のシンポジウムで、「慢性期・安定期の定期訪問より、急性期の在宅ケアこそが在宅医療の本分ではないか」と学会で問題提起した。特に夏の第5波、デルタ株の感染拡大を経験し、コロナ肺炎ですら在宅でケアしたという自負もあった。慢性期の「ケア」は多職種にタスクシフトし、医師は急性期疾患を在宅で治療することにより注力すべきではないか、そう提案した。

 

そして現在。コロナ禍で迎える3年目の冬、ちょうど第8波の最中だ。高齢者ケアの現場では5回目のワクチン接種が概ね完了した。
個人的な印象としては、5回接種を終えた高齢者にとっては、新型コロナはインフルエンザとほぼ同等程度のリスクと考えてもよいのではないかと感じている。もちろんインフルエンザに比べれば感染力が圧倒的に強いので、特に高齢者施設は緊張が続く。感染拡大・感染者が増加すれば、当然、重症化・死亡する人も増える。しかし、そのリスクを大幅に軽減できるパキロビッドやレムデシベルを在宅や施設でも使用できるようになっている。

 

感染が疑われるときも、敢えて発熱外来を受診しなくても済むようになった。新型コロナの自己診断には、全く役に立たない研究用ではなく、厚労省が認可した体外診断薬としての抗原検査キットがOTCで入手できるようになった。診断さえつけば、オンライン診療+訪問服薬指導で、自宅で診療を完結できる。
ワクチン接種が行き届かなかった昨夏、効果的な抗ウイルス薬が使用できなかった昨冬に比べると、状況は飛躍的に改善している。

 

いまや新型コロナは、どこからどう見てもCommonDisease=「よくある病気」の1つだ。地域包括ケアシステム=地域の中で完結する医療・介護の連携。介護はほとんど加算もつかない中、これだけ頑張っているのに、医療はどうだ。いまだにコロナに対応しない医師など、申し訳ないがこれから先の時代には必要ない。

 

このコロナ禍で顕在化したのは、いわゆる「かかりつけ医」機能の必要性だ。
第5波、路頭に迷ったのは、機能する「かかりつけ医」を持たない若年〜中年の患者だった。発熱に対応しない、感染後の支援に対応しない、そんな「自称かかりつけ医」がいることもわかった。
これから先も新興感染症は断続的に襲ってくる。加えて大規模災害など、地域医療の瞬発力が試される機会は、確実に増えていくはずだ。地域の諸々を無理やりネットワークし、多額の予算をつぎ込んで、その場限りのシステムを作っても、上手に対応できなことは今回のコロナ禍で十分に検証できたはずだ。

 

システムが機能するためには、その前提として、かかりつけ医が患者をきちんと理解し、患者と信頼関係で結ばれ、必要なときに必要な支援が提供できること。かかりつけ医が地域住民への「ラストワンマイル」を担えることではじめて、地域全体をカバーするセーフティネットが完成するのだと思う。

 

100年前。東京市長の後藤新平は、関東大震災で焼け野原となった東京の復興にあたり、大規模火災が2度と起こらないよう、延焼を食い止めるための幅の広い道路や公園を整備すること、住宅を不燃化することを計画した。しかし、予算不足により、道路整備は断片的、東京には震災前と同じ木造建築が隙間なく建てられた。そして20年後、可燃性の高い東京の街は、焼夷弾により再び焼き尽くされた。

 

コロナが示唆した大切なメッセージを無視することは許されない。現在、全世代型社会保障構築会議でもかかりつけ医制度が議論されているが、これを単なる議論に終わらせず、きちんと未来の仕組みづくりにつなげていかなければならない。

 

 

 

佐々木淳氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

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