良心に抵抗を続け、感情や思考を抑制して生きる人々がいる。抵抗を手放し抑制を外せば、人生はもっとシンプルなはずなのに……今ここに〝生きる〞と許可を下ろせた人だけが与えられる、存在することの意味。

 

 

黒澤明の不朽の名作「生きる」(1952年)が、ノーベル賞作家カズオ・イシグロ(以下・イシグロ)の脚本で蘇る。

 

『生きる LIVING』
2023年3月31日(金)東宝系にて全国ロードショー
配給:東宝 ©Number9Films Living Limited
原題:『LIVING』
出演:ビル・ナイ/エイミー・ルー・ウッド/アレック
ス・シャープ/トム・バーク
原作:黒澤明監督作品『生きる』
監督:オリヴァー・ハーマナス
脚本:カズオ・イシグロ
音楽:エミリー・レヴィネイズ・ファルーシュ
製作:Number9F 上映時間103分
公式サイト:ikiru-living-movie.jp

 

イシグロは54年に長崎で生まれ、5歳の時に両親とイギリスに移住した。子供の頃に見た黒澤の作品に心を震わせた。その後、〝世間から称賛されるからやるのではなく、それが自分の成すべき事だからやる〞という黒澤自身の人生観にも魅了されていった。異文化に生きるイシグロにとって、黒澤映画から受け取るメッセージは、インパクトの強いバイブレーションだったのかもしれない。彼にとって『生きる』は大切な作品の1つとなり、いつしか英国版を作りたいという思いを強くさせ、やがて脚本を手掛けることになった。

 

70年の時を超えても普遍的で、閉塞感漂うこの時代にだからこそ伝えるべき物語だと、2011年に『Beauty』(原題)でカンヌ国際映画祭のクィア・パルムを受賞したオリヴァー・ハーマナスが監督を務め、オリジナルに対するオマージュを込めながらも新しい作品の誕生に挑んだ。

 

 

主演は50年に及ぶキャリアを持つイギリスの国民的俳優、ビル・ナイ。ジョニーデップが製作・主演した映画『MINAMATA│ミナマタ│』(2020)のロバート・ボブ・ヘイズ役は記憶に新しい。イシグロの脚本は、構想段階からビル・ナイを主人公に当て書きしていたほど、日本とイギリスに共通した、まさに感情を表に出さないストイックなまでの抑制力を、見事に演じたビル・ナイのキャラクターは共感をもたらす。今作は、抑制された人々の良心が心に響く作品だ。

 

 

物語の舞台は、1953年の第二次世界大戦後、いまだ再興中のロンドン。ピン・ストライプの背広に山高帽で身を包み、英国紳士の嗜みを見せつける、公務員のウィリアムズ(ビル・ナイ)。役所の市民課で部下に煙たがられながら、日々淡々と事務処理をこなしている。妻に先立たれ、同居する息子夫婦との暮らしは孤独で、味気ない空疎な人生だと、心の片隅で感じていた。そんなある日、彼は医師から余命半年と宣告を受ける。彼は人生の充足感を求め、初めて無断欠勤をして海辺のリゾートへ向かう。酒を浴びるように飲んでバカ騒ぎをしてみるが心は満たされず、病魔は刻々と彼を死に追い込んでいった。

 

ロンドンに戻り、かつての部下だったマーガレットに再会する。彼女の人生に対する精力的な姿勢に惹かれ、ささやかな時間を共にするうちに彼は魂を揺さぶ
られ、心の抵抗を手放す決意をした。それはやがて周囲の無関心な人々の心をも解いていった。

 

 

 

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