手術、1日に10件も

 緊急医療・人道援助活動を行う、国際NGO国境なき医師団(以下・MSF)。その支援対象は、紛争や自然災害、貧困など様々な理由で保健医療サービスを受けられない人など、多岐にわたる。65歳で日本の病院を定年退職後、MSFの活動に参加した菅村洋治医師に、活動内容と海外派遣を通して得たことを聞いた。

「日本で得られぬ達成感」

──定年退職後にMSFの活動に参加したきっかけは何ですか。

菅村 3つの体験がきっかけです。1つ目は医学生時代に奄美大島にあるハンセン病の療養所に実習に行った時の体験です。そこでは看取りも経験し、僻地で苦しんでいる人達のために何かできないか考えるようになりました。
 2つ目は長崎で外科医になって5年目に、日本政府の海外技術協力事業団のプロジェクトでケニアに派遣された時の体験です。外科医として1年間勤務し、1500件程度の手術をしました。その際に産婦人科の手術など、日本の外科医としては携われない種々の経験をしました。ちなみに、長男はケニアで誕生しました。
 3つ目はその後、日本の国際緊急医療チームの第1期生としてエチオピアに赴任した体験です。その年はエチオピアで大規模な干ばつが発生して、巨大な難民キャンプができていました。
 このような経験を通して若い時から国際医療協力に携わりたいと考えるに至り、定年を好機と捉えました。また、MSFの精神「誰からも干渉や制限を受けることなく、助けを必要としている人々のもとへ向かい、人種や政治、宗教に関わらず分け隔てなく援助をする」に賛同し、MSFの活動に参加しました。

──これまで活動した国と具体的な活動内容を教えてください。

菅村 これまで、ナイジェリア、イラン、コンゴ民主共和国、スリランカ、フィリピン、パキスタン、ハイチ、ネパールで活動しました。外科医は緊急の際に呼ばれることが多く滞在期間は1ヵ月程度です。看護師や内科医は半年~1年程度のようです。
 派遣先では手術を1日10件程度こなしました。その多くが全身麻酔です。日本と異なるのは、戦争や内紛による外傷が多いことです。交通事故も少なくありません。外科医は私1人だけの場合も多いので、産婦人科を含む全ての手術に対応します。これには海外技術協力事業団のケニアでの経験が活かせました。また、施術以外にも現地の若手医師への指導なども行います。

──MSFの活動で素晴らしかったことや苦労したことを教えてください。

菅村 文化、風習、宗教が異なる仲間と1つのチームとなり、同じ目的を達成した瞬間は日本では経験できない達成感があります。
 苦労したことは、医療機器や薬剤など限られた医療資源で多くの患者を診療しなければならないことです。そこでは医療の基本となる「問診」や「視診」「触診」がいかに大切かを再認識しました。
 患者は長期入院ができないケースが多いので、いかに早く復帰できるかを考えて治療を進めなければいけません。その場で柔軟な対応を求められることも多いです。

──MSFの活動は個人からの寄付で支えられているそうですね。

菅村 MSF日本の活動資金の9割以上は一般個人からの寄付です。世界には多くの人道支援団体がありますが、その中で、特にMSFは寄付の使用用途が明確だと思います。
 また、寄付の種類で最近は死後の財産を寄付する「遺贈」というものがあります。私は以前ある方から相談を受けたことがあります。エベレスト登頂を女性として世界で初めて成功させた日本人登山隊隊長の妹さんからです。その隊長は「遺産をネパールの人々のために役立てたい」という遺言を残しました。私がネパールで教育支援をしている団体を紹介したことでそこへの遺贈に繋がったようです。それと同時に私がMSFでネパールでの活動経験もあったことからMSFへも遺贈して頂きました。
 現地で活動する医師には皆様からの寄付というご支援が力の源で、辛くても頑張ろうという気持ちになります。

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