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介護の醍醐味 ほんの些細な出来事が喜びに/女優・介護士 北原佐和子氏

2022年6月08日 提供:高齢者住宅新聞

眼光鋭く少し近寄りがたい93歳男性のS氏は現役時代産婦人科医だった。大学病院の勤務と産婦人科を開業してからを合わせると1万人のお産を行ってきたという。

48歳までの産婦人科医の間は全く寝る間がなかった。寝ていると起こされて出産に立ちあう。こんなことを繰り返していては体がもたないと思い48歳を転機に外科に移った。

その後は頻繁に奥様と2人で海外旅行を楽しんでいた。その奥様を数年前に亡くされて、開業していた地域から、息子さんの住んでいる東京へ居を移し、そのご縁で我がデイサービスを利用することになった。

出される食事が自分の味覚と合わないらしく、「美味しくないんだよ。味が薄いよ」と静かに言い、副食を3割ほどしか食べない。水分もあの手この手で促すが、一日に摂る量は80㏄ほどである。

本人曰く「水分も摂れなくなり食事量も減り、こうして静かに枯れていくのですよ」とまるで看取りの患者を診ているような発言をされる。その言葉には説得力があり経験値のない私は、「そうなのですね…」と看護師モードで聞き入ってしまうが、いけない、いけないと気持ちを切り替えて脱水予防のために水分を促す。医師であったならばよくご存じのはずなのにS氏は「はいはい」と流してしまう。

入浴前の水分補給も、環境を変えて脱衣所で促すがうまくいかない。

ある日、「S氏の足のむくみが全然ないんです!」と脱衣所からCWがすごい勢いで私を呼びに来た。確かに以前、両下肢のむくみが強く辛いとご本人も言っていた。今日は驚くほど引いている。

CWと一緒に「よかったですね!これならいつもより楽ですよね。よかった!よかった!」と2人で喜んでいると「そんな風に私の体の変化を気にしてくれて、とてもありがたいですね」と静かに言い、いつもの眼光鋭い表情が満面の笑みに変わった。そして水分をお持ちしますが何がいいかと聞くと「冷たいものが」とリクエスト。氷水を持参すると一気に飲み干した。

脱衣所から急いで私を呼びに来たCWさんは勤務3ヵ月目で、経験がなく対応に戸惑いを感じながらも日々ケアに励んでいる。

こんな些細な出来事で表情の変化に触れられることが喜びで仕事が楽しくなりそれが介護の醍醐味である。

 

女優・介護士 北原佐和子氏

1964年3月19日埼玉生まれ。
1982年歌手としてデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台を中心に活動。その傍ら、介護に興味を持ち、2005年にヘルパー2級資格を取得、福祉現場を12年余り経験。14年に介護福祉士、16年にはケアマネジャー取得。「いのちと心の朗読会」を小中学校や病院などで開催している。著書に「女優が実践した魔法の声掛け」