感染対策の課題と重点領域 ウイルス撲滅から多重防護の発想へ/東京慈恵会医科大学 越智小枝氏【集中連載②】

2021年4月13日

 

新型コロナ 日本環境衛生安全機構(JEHSO)による介護施設のガイドライン

 

実現可能性・持続可能性カギ ウイルス撲滅から多重防護の発想へ

 

本稿ではJEHSOガイドラインのうち主に介護施設向けガイドラインにつき、まずはその課題、および重点的な対策が必要な領域について述べる。

 

 

「水際対策」非現実的

 

■介護施設における規制強化の問題 介護施設ではそのサービスの性質上、利用者との予防距離を保つことが難しい。これは利用者――スタッフ間の1対1感染の予防が非常に困難であることを意味している。このため介護施設の対策はどうしても感染の疑われる患者を完全に締め出す「水際作戦」になりがちだ。

 

しかし医学的に見れば、介護施設利用者は誤嚥などにより常に微熱や咳嗽が日常的に見られる。このため発熱者の利用制限はサービスへのアクセスを著しく低下させる可能性が高いだろう。

 

さらに、高齢者の新型コロナウイルス肺炎患者は無症状、あるいは非典型的な症状を示すことも多く、多くの院内感染が無症状の感染者により感染が持ち込まれた結果起きている。そうでなくとも、新型コロナウイルスにおいては症状、感染性、検査陽性時期が乖離している(図1)ことはよく知られており、発熱患者の規制のみで水際対策を取ることは不可能ともいえる。

 

 

また社会的に見れば、水際対策に拘泥してサービス利用を規制し続ければ、利用者と施設との信頼関係が揺らぎ、利用者やその家族が発熱や感染症状を隠蔽するといった事態も起こり得る。これはむしろ感染拡大リスクを上げる結果ともなるだろう。すなわちエンデミック期の介護施設対策においては、施設外からの感染持ち込みゼロを目指すことは現実的でないと言える。

 

■コロナ対策の基本は「多重防護」

 

もちろん水際対策が全く無駄というわけではない。しかし不顕性感染の多い新型コロナウイルスにおいては、例えば消毒や換気など、1つだけの手段で完璧な防護を行うことはできない。ゼロリスク志向によりルールの遵守を長期に強要すれば、スタッフの燃え尽きを起こしかねないだろう。

 

持続可能な感染対策とは、リスクはゼロにならないことを認識した上で、シンプルかつ多面的な対策を幾重にも重ねる対策だ。つまりウイルスを撲滅するのではなく、その暴露量を低減させる多重防護へと発想を転換させていく必要がある。

 

本ガイドラインは何ら新しい方法や劇的な解決を示すものではない。むしろ実現不可能な項目(飲食店の調味料を毎回取り替える、など)やエビデンスに基づかない項目(金銭トレイの使用、など)を削除した結果、他ガイドラインに比べシンプルなものになっている。それは本ガイドラインが個々の対策の不完全性を十分認識した上で、人的・時間的・経済的に持続可能な対策による多重防護を行うことを目指しているからだ(図2)。

 

 

感染対策にメリハリを

 

■感染対策の重点領域 とはいうものの、感染対策にはメリハリも必要だ。特に気を付けるべき重点領域を意識することで、スタッフが疲弊することなく、より効率の良い対策を取ることができるからだ。繰り返しになるがこの重点領域は「水際対策」ではない。実現可能性と持続可能性を考慮すれば、以下の4点が対策の中心となるだろう。 ①スタッフ間感染予防 ②スタッフを介した利用者間感染の予防 ③患者―患者間感染の予防 ④環境除染

 

次稿ではこの4点につき、ガイドラインを引用しつつ解説する。 (1)https://jehso.org/guideline09/

 

 

東京慈恵会医科大学葛飾医療センター 中央検査部臨床検査医学講座 越智小枝准教授

(おちさえ)医師、公衆衛生修士、医学博士。日本環境衛生安全機構(JEHSO)専門家委員会委員。東京医科歯科大学医学部卒業。2011年の東日本大震災をきっかけに、Imperial College London、WHOで災害公衆衛生を学ぶ。13~17年に福島県相馬市に移住し、現地で医師として勤務する傍ら公衆衛生研究・リスクコミュニケーションを行ってきた。17年より東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座、21年より現職。

 

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