入浴前の血圧はいくつまで?/医療法人社団 悠翔会 佐々木淳氏【連載第27回】

2022年2月2日

降圧薬使用は慎重に 下げるリスクも

 

血圧が160を超えたら入浴できない? 在宅医を悩ませるコールの一つが「血圧が高いのですが入浴させてもいいでしょうか?」という問い合わせだ。 訪問入浴やデイサービスからも、入浴可能条件の指示を求められる。高齢者施設では、収縮期血圧が160mmHgを超えたら入浴を見合わせる、としているところが多い。

 

この160という数字には実は根拠がある。2016年に行われた東京都市大学などの研究グループによる調査だ。 研究チームは、全国2330ヵ所の訪問入浴事業所における入浴事故の発生状況を調査、抽出された596件の事故から、血圧や体温によるリスクを算出した。その結果、血圧については、入浴前の収縮期血圧が160を超えると、正常血圧と比べ、入浴事故の発生率が3.63倍、拡張期血圧は100を超えると14.71倍に、体温については37.5度を超えると16.47倍に上昇していた。

 

 

 

 

この研究結果だけを見ると、確かに血圧が160を超えて入浴するのは危険であるように思える。 しかし、この調査で「入浴事故」とされたものの内訳を見てみると、発熱16・8%、呼吸困難・喀痰喀出困難15.6%、意識障害10.7%、嘔吐・吐き気10.6%、外傷10.6%、血圧上昇7.7%、血圧低下7.7%、チアノーゼ・顔色不良6.0%(重複あり)。 入浴という環境変化に伴う生理的な現象として説明できるものが多く、また、血圧が高かったから「事故」が起こったのか、もともと具合が悪くて、その結果として血圧が高かったのかはわからない。

 

いずれにしても、これらの「事故」が、血圧が高いことによって起こったという因果関係を明らかにしたものではない。とはいえ、多くの介護施設や訪問入浴事業者は、血圧が160を超えると入浴を差し控える。入浴ができるように、血圧をきちんと下げてくれ、というリクエストが在宅医には入ることになる。 また、血圧が130を超えると、もう少しちゃんと下げた方がいいのではないか、と思う患者や家族も少なくない。高血圧治療ガイドラインでも、75歳以上の高齢者の血圧治療の目標値は140/90未満とされている。

 

 

しかし、特に要介護高齢者の場合には血圧を下げることにもリスクを伴う。 もともと食事や水分の摂取量が少な目で、塩分制限をかけるまでもなく、塩分不足の人たちも少なくない。 また、起立性低血圧や食後低血圧による過度の降圧で転倒・骨折するケースも後を絶たない(高齢者の転倒・骨折の約4割は薬剤性とされている)。そして、これが要介護度悪化の主たる要因であることは周知のとおりだ。

 

そんな人たちにどこまで降圧薬を飲ませるべきなのだろうか。

 

 

 

血圧上昇要因の分析を

 

2015年にイタリア・フランスで行われた80歳以上の老人ホーム入居者を対象とした研究では、2種類以上の降圧薬を服用し、収縮期血圧を130未満に下げると、それ以外の人たち(降圧薬が2種類未満の人あるいは収縮期血圧が130以上の人)と比較して、死亡のリスクが1.8倍になることが明らかになっている。

 

また、つい先日Natureに報告された在宅医療を受けている85歳までの日本人高齢者を対象とした研究では、収縮期血圧が124未満だと、124以上の人と比べて、入院のリスクが7倍に、転倒や死亡のリスクも有意に上昇することが明らかにされている。

 

 

 

 

 

もちろん心不全や動脈瘤、脳出血の既往など、基礎疾患によっては厳格な血圧のコントロールが必要なケースも存在するが、特に要介護高齢者の場合には、降圧薬はできるだけ少なく、血圧も下げすぎないほうがいいと考えるべきではないか。

 

血圧が高いことのリスクはもちろんある。しかし、血圧を下げることのリスクも存在する。 160以上は危険、というのは、いわば思考停止だ。少なくとも入浴に関しては、血圧が高いことそのものがリスクというよりは、普段血圧が低い人の血圧が上昇するような要因をきちんとアセスメントすることのほうが重要なのではないだろうか。

 

 

 

 

佐々木淳氏 医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長 1998年、筑波大学医学専門学群卒業。 三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

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