死亡リスク高める“孤独” 本来のケアはどうあるべきか/医療法人社団 悠翔会 佐々木淳氏【連載第30回】

2022年4月13日

地域とのつながり増やし 居場所や役割を見出す

 

在宅医療は「生活を支える医療」を自任している。しかし、実際には生活を支えてなんていない。 在宅医療にできるのは在宅患者の疾病治療の最適化と緊急対応、そして看護や介護など「生活を支える専門職」の仕事を邪魔しないことくらいだ。しかし、看護や介護にしても生活のすべてを支えられるわけではない。

 

日々の暮らしの中で、医療保険や介護保険の公的サービスで支えることができる部分は、実はごくわずかだ。要介護高齢者の場合、そうでないように見えるのは、その人に本来の「その人らしい暮らし」を最初から諦めさせているから。そんなことに気がついてしまった専門職も少なくないはずだ。そして、高い理想をもってこの業界に入った人たちは、そこで大きなジレンマに直面する。

 

 

高齢者福祉の目的は「生活・人生の継続」だ。どのような生活・人生を送りたいのか、本人の選択が尊重される。そして生活の支援にあたっては、本人の強み(残存機能)が発揮できることが重要である。これが1970年代にデンマークで提唱された「高齢者福祉政策の三原則」だ。

 

しかし、日本の医療介護保険サービスの多くは、この逆になっている。専門職は、その人のできないことをアセスメントし、その「弱み」を補完するケアプランを立案し、その人が事故を起こさないよう生活を管理し、支援者や家族の都合によって人生の最終段階を過ごす場所や終末期の治療方針を選択する。

 

納得できる人生を最期まで生き切る。 そのために必要なのは、その人の心身の機能を医学モデルで評価し、その人の生命・生活・人生が無事故・無違反になるよう管理・支配することではない。

 

その人がどのように生きたいのか、その人の人生観や価値観、人生における支えや目標を、対話を通じてしっかりとキャッチし、それが実現できるよう、本人の心身の機能に応じた環境を整えることにある。 これがICF・生活モデルの考え方だ。そして、この対話のプロセスそのものがACP(アドバンスケアプランニング)だ。

 

 

高齢者医療や介護には衰弱していくその人の心身の機能を最適にケアすることが求められる。しかし、これだけでは、その人を「生かす」ことで終わってしまう。大切なのは、その人が「生きる」こと。そのために必要なのは、薬や栄養やリハビリではない。

 

人と人とのつながり、つながりの中に自然発生的に生まれる居場所や役割、そこに心の支えや生きがいを見出せること。そこまでできてはじめて、その人のニーズを満たすことができるのではないかと思う。

 

そして、この人と人とのつながりこそが、実は死亡のリスクを減らす最大の要因であることも明らかになっている。

 

 

しかし、専門職が専門性を磨けば磨くほど、生活モデルを実装していくのは難しくなっていく。まじめに仕事をしようとすればするほど、その人を、その人の生活空間の中に閉じ込め、地域とのつながりを疎にしてしまう。

 

その人の「病気・障害」の専門家から、「その人」そのものへ、そして「その人の生活」へ、さらに「その人の暮らす地域」へ、少しずつ関心の視座を上げていく。そして「患者・利用者」から、「生活者」へ、「地域住民」へと、その人を「自立」させていく。 そのために必要なのは何なのか。公的な医療介護サービスだけでそれができるのか。本来のケアはどうあるべきなのか。

 

 

わたしたちの寿命に影響を与える要因について、その悪影響の大きさを比較したグラフ。肥満0.2、過度の飲酒0.3、喫煙0.5、もっとも寿命に悪影響が大きいのは「社会とのつながりの欠如」0.65。

 

 

 

そんな問いに向き合う世界の意欲的な事業者が集まるイベント「エイジングアジア・イノベーションフォーラム」が5月にシンガポール(オンラインとのハイブリッド)で開催される。

 

そこで選出される「アジア太平洋高齢者ケアイノベーションアワード」は、高齢者ケア業界のオスカーと言われる賞で、毎年数百の事第30回 本来のケアはどうあるべきか業者がエントリーし、カテゴリーごとにファイナリストを選出、プレゼンテーションを通じてグランプリが決定する。

 

 

日本のような国民皆保険制度を持たない、介護保険制度を持たない国からも多数のエントリーがある。彼らのチャレンジを見ていると、保険制度の枠内でのサービスに固執している日本の介護業界が周回遅れに見えてくる。

 

このままじゃいけない。頑張ってるけど何か違う。 そう感じている若い専門職や経営者のみなさん。海外の同業者と交流してみては? あるいは、すごく面白いことをやっているので、たくさんの人に知ってもらいたい。そんな人はぜひ世界にその取り組みを発信し、いろいろ人からフィードバックをもらってみてはいかがだろう。

 

 

今年もたくさんのイノベーターがエントリーしている。 興味のある方は、ぜひこちらを https://www.judgify.me/10thEldercareInnovationAwards

 

 

 

 

佐々木淳氏 医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長 1998年、筑波大学医学専門学群卒業。 三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

 

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