バリアを越えていこう ミライロ 垣内俊哉社長【前編】
障害者、高齢者、外国人、LGBTQ+(性的マイノリティ)など、生活におけるさまざまな不便や不自由を抱える人々の視点や経験、感性を活かして社会の課題解決を目指す、株式会社ミライロ(本社・大阪市)。 ユニバーサルデザインのコンサルティングから情報発信、アプリの開発まで、提供するサービスは独自の〝気づき〞にあふれている。

株式会社ミライロ 代表取締役社長 垣内 俊哉 さん
いろんな〝色〞、いろんな〝路〞を
――社名の「ミライロ」には、ご自身の想いが込められているそうですね。
骨形成不全という遺伝性の障害を持って生まれ、幼い頃から車いすに乗って過ごしました。常に「歩きたい」と願い続けてきましたし、その気持ちはおそらく生涯変わりません。でも、歩けない、見えない、聞こえないからこそできることもある――そう思えた瞬間に、路が開ける方もいらっしゃるのでは、と。それぞれの人がいろんな〝未来の色〞を描けるように、いろんな〝路〞を歩めるように、という想いを込めました。
弊社では、この、障害(バリア)を強み・プラスの価値(バリュー)に変えるとの「バリアバリュー」を企業理念に、「環境・意識・情報」の3つのバリアの解消に取り組んでいます。障害が無価値だという意味では決してなく、新たなものを付加するといった意味での「価値」です。
ミライのデザインすべての人へ
――2019年に、障害者手帳をデジタルに取り込める画期的なアプリ「ミライロID」を開発されました。
障害者手帳の代替として提示したり、電子クーポンを使って小売りや外食店舗、ECサイトなどで障害者割引が受けられたりします。今年5月の時点で導入済みの事業者数は3539。昨年3月にJRを含む鉄道会社123社が一斉導入したことで、使えない場所はほぼなくなりました。
私を含め国内で700万人が持つ障害者手帳はいま283種類ありますが、精神、身体、知的と障害別に分かれており、フォーマットもバラバラです。障害者手帳を撮影・登録したスマートフォンを提示することで、事業者が正確に確認する手間と、手帳を見せる際の当事者の心理的負担の双方を軽減できればと考えました。障害者手帳は無料でアプリに入れられるよっていうことを、皆さんにぜひ知っていただきたいです。
ミライロIDからは、アンケートに回答することで企業や自治体に直接声を届けることもできます。700万人の方々がもっと外へ行きたい、買い物したい、食事に出かけたいと思える社会でなければ彼らが働きたいと思える社会にもなりませんから、障害者雇用を進めるうえでも、彼らの視点を集め届けていくことが必要です。
。-517x1024.png)
90代の利用者もいるという「ミライロID」
(提供:株式会社ミライロ)
まずは知識と経験から
――「ユニバーサルマナー検定」という認定プログラムも主催されています。
障害者や高齢者に向き合うための知識・技術を〝できたらちょっとカッコいいよね〞くらいの、みんなが身に付けていて当然のものにしていきたいとの意味を込め、「マナー」と名付けました。障害のある方々に講師を務めてもらい、彼らの雇用も生み出しています。 座学のみの3級、座学・実技・試験からなる2級、選択したカリキュラムを複合的に学び、その後対話やイベントなどを通じ障害者と触れ合い、最後に論文提出という流れの1級に分かれます。受講は会場でも、オンラインのライブ配信でも、空き時間に学べるeラーニングでも可能です。
最初は主にホテルや結婚式場、レジャー施設などで導入されましたが、近年では、たとえば上智大学で全新入生が必修授業としてユニバーサルマナーを学んだり、大阪府吹田市の職員採用エントリーシートにこの資格の所持を記入する欄があったりと、自治体や教育機関にも広がっています。
――障害のある方にどう接すればよいのかわからない、という声も。「心のバリアフリー」を広げるために大切なのは何でしょう?
心のバリアは「無関心」か「過剰なおせっかい」のどちらかに起因しがちなのですが、どちらも悪いことではないんです。無関心なのは、配慮があるからかもしれない。過剰なのは、思いやりや優しさが膨れ上がった結果かもしれない。でも、どちらも間違いではないが、適切ではない。
障害者だからこう、高齢者だからこう、ではなく、〝目の前の方〞がどうなのかを的確に察知しお伺いする。とどのつまり、その人と向き合うってことが答えなんだと思いますね。
接客業などでは、車いすの方がお越しになると大体椅子をどけますが、これは必ずしも正解ではない。車いすから椅子に移りたい方も大勢います。本来はまず「車いすに乗ったままお食事されますか?それとも椅子に移られますか?」と聞くべきところを、固定観念でなんとなくどけてしまう。この〝なんとなく〞の部分を変えていくべきだと。提供すべきは、押し付けではなく選択肢です。
ハードルは高いと思うんですね、声をかけるというのは。「大丈夫ですか?」と聞けば、「大丈夫です」「できます」しか返事は返ってこないので、聞き方1つで本人と壁ができるかそうでないのか大きな違いが出てきます。
いずれにせよ、根底にあるのは知識不足です。「やるべきことがわからない」を「わかる」に変え「経験がない」を「経験がある」に変えていく。
すなわち、〝ない〞から生じる不安を解消していくこと。これが最初の一歩なんじゃないかな、と思います。
(8月3日号に続く)
聞き手・文 八木純子