「偽性老衰」を見破れ/医療法人社団 悠翔会 佐々木淳氏【連載第37回】

2022年10月7日

生活を取り戻すために高齢者の早期退院促せ

 

 

自立した生活をしていた88歳の独居男性。この夏、自転車で転倒、左上腕骨骨折で入院となった。入院直後にせん妄を発症、ベッド上での安静が保てないことから身体拘束と鎮静剤の投与が開始された。経過中、誤嚥性肺炎と尿路感染を発症。入院期間は3ヵ月を超え、退院時には要介護5、寝たきり、食事が摂れない状況となっていたことから、末梢静脈輸液がつながった状態で特定施設に退院となった。

 

発語はほとんどなく、食事もできていない。入院前には61㎏あった体重は39㎏まで減少。診療情報提供書には、老衰と認知症の進行による全身衰弱、家族は施設での看取りを希望している、と記載されていた。

 

 

高齢とはいえ、自転車に乗って買い物に行っていた人が、3ヵ月で老衰の死の淵に、というのは違和感しかない。聞けば、入院中はほとんど禁食状態、電解質輸液のみであったとのこと。骨折という大きな炎症、そして2回の大きな感染症、ベッドの上で寝たきりであったとしても、基礎代謝に加えて、相当量のエネルギーを消費していたはずだ。にも関わらず、点滴から投与されていたエネルギーは1日わずか200kcal。

 

想像してほしい。ポカリスエットだけで3ヵ月間、生きていることができるだろうか。健常な我々でも、おそらく堪えることはできない。これは老衰ではない。飢餓だ。栄養さえきちんと補給できれば、元気になれるのではないか。

 

施設入居後は、もちろん身体拘束は中止。投薬されていた鎮静剤もすべて中止した。点滴は末梢から投与できる上限カロリーのものに変更し、1日わずか500mlだった水分量を1500mlまで増やした。口腔ケアを丁寧に行い、日中はリクライニング車椅子に移乗、少し身体を起こして過ごす時間を作るようにした。

 

 

それから3ヵ月。

 

彼はいま、元気に常食を食べている。施設で提供される1500kcalの食事では足りないと、300kcalの栄養補助食品を1日2つ追加している。体重は3 ヵ月で6 ㎏ 回復した。寝たきりであったが、トイレまで車椅子で移動し、自力で排泄できるようになった。関節に少し拘縮は残るが、少しずつ可動域も改善している。

 

退院時、あと1ヵ月程度だと説明されていた家族は、この経過をとても喜んでくれている。そして彼自身も、自宅に帰りたいと、今はリハビリに熱心に取り組んでいる。

 

 

退院時の病院からの診療情報提供書に「終末期」「老衰」「看取り」と書いてあると、在宅や施設で積極的な介入をしてよいのだろうか、余計なことをして自然な看取りを阻害してしまうことにならないだろうか、そう悩む専門職が少なくないと思う。

 

しかし、病院は必ずしも脆弱な高齢者が回復力を発揮できる場所ではない。時に患者の回復を阻害する要因のほうが大きい場合もある。特に肺炎や骨折で入院した高齢者の多くは、入院中に身体機能・認知機能が大きく低下する。これを入院関連機能障害という。当院のデータでは、肺炎で入院した高齢者は退院時に要介護度が平均1.72悪化、骨折では平均1.54悪化していた。

 

何日もの間、ベッドの上から動かず、食事も禁止・制限される。そんな日常生活とは程遠い場所では、その人の本当の「生きる力」を評価することは難しいはずだ。病院の判断を鵜呑みにせず、在宅ケアに関わる専門職としての誇りをもって、その人の潜在的な可能性を自分自身の目でしっかりとアセスメントすべきだと思う。

 

 

回復できない理由を探して、何もしないことを正当化するのは容易だし、もちろん、中には本当に老衰の人、看取り援助に移行すべき人もいる。
しかし、この人は本当に回復できないのか。このまま弱って死んでいくのを見守るのが、本人にとっての最適な選択なのか。本人の「生きたい」というシグナルを見逃していないか。関わった専門職の判断が、その人のそこから先の人生を左右することになる。

 

 

 

退院直後から多職種総力戦で

 

退院時のフィジカルアセスメントだけで、入院関連機能障害なのか、老衰の進行なのかを区別するのはとても難しい。しかし、入院前の心身の状況や生活力、入院中に提供されたケアの内容を総合的に評価すれば、「偽性老衰」をあぶり出すことができるはずだ。個人的な経験だが、入院中に「老衰・看取り」とされたケースの約半数は、退院後、在宅や施設で回復している。

 

また、病状が不安定なケースは入院が長期化しやすい。そして、長期化すればするほど、回復が困難になっていく。在宅側としては、「元気になってから退院する」ではなく、「元気になるために退院する」というスタンスで高齢者の早期退院を促進していくべきだ。

 

 

退院直後は、低栄養・脱水・薬物の影響など、その人の本来の潜在的機能がマスクされていることが少なくない。意識レベルが低下しているケース、口腔内の乾燥により嚥下どころか発語すら困難になっているケースもある。まずは、これらの補正が容易な要素を補正しつつ(補正ができない場合にはその影響を可能な範囲で見積もって)、その人の現時点での実力をきちんとアセスメントする必要がある。

 

そして次に、その実力が、その人が入院しなければ保てていたはずの本来のポテンシャルから、どの程度機能低下しているのかを評価する。その上で、どこまでの機能回復を目指すのか、具体的な支援プランを考える。

 

 

具体的な支援にあたっては、以下の5つのポイントに留意する。
①意識レベルの改善
②離床(ポジショニング・シーティング)のプランニング
③低栄養と脱水のアセスメント/栄養ケアのプランニング
④口腔機能ケア/嚥下機能評価
⑤薬物療法の最適化

 

この5つは、それぞれを得意分野とする専門職がいるが、これらは相互に関連し合っている。まさに多職種協働の真価が問われる支援領域だ。チームメンバー全員で目的・目標をきちんと共有した上で、課題の共有・課題解決のプロセスを協働しながら、PDCAを回していくことになる。

 

 

支援による介入効果がもっとも高いのは退院直後だ。

退院時に入院中の治療内容をまずは見直す必要がある。入院という環境変化のストレス→せん妄→せん妄を抑えるための向精神薬→意識レベル低下→食事量低下、などというケースは頻繁に遭遇する。できるだけ早めに退院後初回往診をセットし、できれば薬剤師も同席できることが望ましい。

 

病院から在宅へという環境変化だけで、元気になる高齢者も少なくない。病院医師からの「老衰・終末期で回復は難しい」という説明は、家族に積極的な介入を選択することを躊躇させる大きな要因になるが、退院直後のこの時期に少しでもプラスの変化を本人・家族が実感できれば、迷う家族が一歩踏み出す、次のポジティブな支援につないでいくきっかけにできる。

 

 

そして、最初の2週間でどこまで持ち上げられるかが、家族のケアへのモチベーションも含め、その後の経過を大きく左右する。

 

訪問看護・訪問リハビリテーションともに退院後の2週間は高密度・集中的な支援がしやすい状況(制度)がある。退院早期から高度なリハビリテーションを提供できる通所介護事業所も増えてきている。また、退院のタイミングがわかれば、歯科チームがスタンバイすることもできる。退院前共同指導の段階でチーム構成を含めプランを立てておくことが非常に重要になる。

 

 

患者にとって退院はゴールではない。新たな生活のスタートだ。本人の生きる力を取り戻すための2週間にできるのか。「在宅の力」「チームの力」が試される。

 

 

 

 

佐々木淳氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。

 

 

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