「かかりつけ医」の実現に向けて/医療法人社団 悠翔会 佐々木淳氏【連載第42回】
未来志向の医療提供体制へ
日本でもようやく議論の俎上に載った「かかりつけ医」。
日本医師会は「かかりつけ医」を「健康に関することをなんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介してくれる、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義している。
求められている機能はいわゆる「家庭医」だ。日本以外の全ての先進国が家庭医を制度化している。そこには合理的理由があるはずだ。私たち在宅医は、患者の生活背景や家族も含め、24時間体制で包括的に医療ケアを提供する実質的な家庭医だ。その立場で感じる地域医療の課題は大きく3つある。
①身近に気軽に相談できる医師がいない。
特定の分野における治療技術に優れた医師は多いが、生活モデルを理解し、個々の人生観や思考特性、生活背景、生命予後などを加味した関わりができる医師が少ない。最新の医療情報を熟知し、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介してくれるという機能は非常に重要だが、地域には医療だけで根本的な課題解決につながらないケースが溢れている。
②病気にならないと医療にアクセスできない。
健康保険は病気の診断と治療にしか使えない。また保険診療以外の仕事に従事する医師は少ない。病気のない地域住民が医師と対話できる機会は非常に限られる。現在、検討されている「かかりつけ医」の診療は「患者」が対象だが、患者の手前、未病あるいは健常な地域住民がかかりつけ医にアクセスできる手段を確立する必要があるのではないか。
③診療が標準化されていない。
日本では同一疾患・同一条件でも医師により診断や治療のプロトコルが異なる。出来高の診療報酬制度は過剰な検査や処置を誘導する可能性もある。家庭医の診療能力を評価(報酬にフィードバック)する仕組みを導入している国もある。日本においては、診療の質の担保を医師の職業的良心と自発的努力に依存する形でよいか。
かかりつけ医を機能させていくためには、制度面のみならず、医師・患者双方の意識面にも現状大きな課題があるように感じる。
このような中、日本から興味深い論文が発表された。かかりつけ医がいる場合・いない場合に、入院リスクがどのように変化するか、40〜75歳の1161人の調査結果を解析したものだ。この研究によると、かかりつけ医が機能している人ほど、入院リスクが減少することがわかった。
かかりつけ医の機能を「JPCAT=Japanese versionof Primary Care AssessmentTool」で算出、それを点数順に4分割し、その機能の高さを評価した。すると、入院リスクは、かかりつけ医のいない人に比べて、低機能なかかりつけ医でも半減(46%減)、高機能なかかりつけ医だと約3分の1に減少(63%減)することが明らかになった。
また、別の研究では、かかりつけ医としての機能が高くなると、インフルエンザや肺炎球菌の予防接種率が上昇する(JPCAT スコアが1標準偏差分増加→予防接種率がインフルエンザで1.19倍、肺炎球菌で1.26倍増)ことも明らかになっている。
かかりつけ医が機能すれば、ワクチン接種などの予防医療から、入院の抑制まで、患者を守ることができる。急速な高齢化に直面する日本においては、やはり必要不可欠な機能だ。
では「高機能なかかりつけ医」とはどのようなものなのか。
JPCATは、その機能を「医師と気軽に相談できる関係性にあること」「休日夜間を含めアクセスしやすいこと」「医師が患者の情報を継続的に把握していること」「専門医や病院、多職種との連携がスムースであること」「加齢・認知症・虐待・人生の最終段階などの相談に包括的に対応できること」「サプリメントや健康情報、生活習慣に関して包括的にアドバイスができること」など大きく6つのセクションにそれぞれ具体的な複数項目を挙げている。
機能するかかりつけ医を実現するためには、ただ、医師と患者の双方がお互いを「かかりつけ」と認識するだけでは不十分なのだろうと思う。病気でなくても医師にアクセスできるようにする仕組み、合わせてフリーアクセスという日本の国民皆保険制度の根っこの部分を触る必要も出てくるかもしれない。マイナンバーが健康保険証として使えるようになるが、これを機に診療記録の電子化と統合ができれば、診療の質の可視化、アウトカムベースの診療報酬も可能になる。
大きな変化に多くの地域医療機関は拒絶反応を示すかもしれない。しかし、このままの医療提供体制で10年後、20年後、地域のニーズに応え続けることができないのは明らかだ。
未来の世代によりよい社会基盤を残すためにも、彼らに多額の負債を背負わせてきた私たちの世代が身を切る覚悟で改革に踏み切るべきではないか。その新しい医療提供体制は、実は医師にとっても、診療外業務を最小化し、より効果的に医療を提供し、診療の質を向上し続けるためのプラットフォームになるのではないか。そして医師たちは、地域で新しい役割とやりがいを見出すことができるのではないか。
薄利多売の診療行為を積み上げる日々の業務から視座を上げ、地域で然るべき責任を果たすことで相応の評価が得られる。そんな新しい「かかりつけ医」の制度化を夢想したい。
佐々木淳氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。